188:
「な……」
Uは言葉を失いました。目を見開いて、凝固しています。
「お兄さんはUの奴隷なんでしょ? Uが言えば聞いてくれるね」
「ちょ、ちょっと待ち! どういうコトやねん!」
Vが身を起こして、わたしたちの顔を順に見ました。
「どうしたのー?」
「一度お兄ちゃん以外の人と、デートしてみたかった。
買い物の荷物持ちしてもらったり、喫茶店に行ったり」
「アンタ……兄ぃを前に振ったんと違うんか?」
「別に告白されたわけじゃないよ。振るも振らないもないと思うけど?」
「趣味悪いでぇ! あんなオタクでスケベなアホのどこがエエねん!」
「そう……? 優しいし、エッチなことしないし、良い人だと思う」
「本気……なんか?」
Uが真っ青になっているのを見るのは、実に珍しい経験でした。
わたしは、笑いの発作をこらえるのに必死でした。
「デートするだけなのに、大袈裟だよ」
「兄ぃは純情やから絶対本気にするで!」
「お兄さんは、わたしに好きな人が居る、って知ってるから、だいじょうぶ」
Uは返事をせず、顔を伏せて黙り込みました。
Vがおそるおそる、口を挟みました。
「どうなってるのー? わたしぜんぜんわからないよー」
反応が無くなったUを見て、わたしはやりすぎたかな、と思いました。
「……U、どうしたの? もしかして……泣いてる?」
床に座っているUの近くに這っていきました。
下から覗き込むと、Uは目蓋を固く閉じています。
「今のは冗談。ごめんなさい……U、怒った?」
「アホぅ……」
Uが低い声で、ぼそりとつぶやきました。
「兄ぃはなぁ……兄ぃはなぁ……」
「なに?」
「兄ぃは、わたしの本当の兄貴やない……」
「ええっ!」
今度はわたしが言葉を失いました。
「ホンマはわたしは兄ぃの従妹なんや。
産まれてすぐ両親が死んで、
今のお父ちゃんとお母ちゃんに貰われた……。
ずっと兄ぃが好きやった……」
Uの突然の告白に、わたしは圧倒されました。
「兄ぃとわたしを弄ぼうやなんて……そんなんヒドイで……」
「ごっ、ごめんなさい」
わたしは土下座して、床に額をこすりつけました。
「傷つけるつもりじゃなかった。
ごめんなさい。ごめんなさい」
重大すぎて、言い訳の言葉を思いつきませんでした。
Vが呆然としたような声で言いました。
「Uちゃん……知らなかったよー」
「許したる……その代わり、夏休みの宿題は全部見せてもらうで」
「え?」
一転した明るい声に、Uを見上げると、にやにや笑っています。
わけがわからなくて首を傾げるわたしに、Uが宣告しました。
「アンタも馬鹿正直やなぁ……。
兄ぃとわたしはよう似てるやろ? ホンマの兄妹に決まってるやん」
「ウソ……だったの?」
「アンタも冗談やったんやろ?
目には目を、歯には歯を、やられたら三倍返しや。
ハンムラビ法典にも書いてある」
「それちょっと違う……」
「まぁエエわ。兄ぃは貸したる」
「え? そんな、悪いよ」
「アンタも最近元気なかったからなぁ……これも友情のしるしや。
なんぼでもこき使ってかめへんで」
「その……お兄さんに悪いと思うんだけど」
「どうせ兄ぃにデート申し込むなんて物好きはアンタぐらいや。
夢見せたってもかめへんやろ」
Vが横から、人ごとのように言いました。
「Uちゃん、悪魔?」
「誰が悪魔やねん!
まぁ兄ぃにはわたしから言うとく。日にち決まったら電話するわ。
それより宿題片付けよか。早うせんと終わらへん」
「うん……」
「○○ちゃん、うしししし、デートだねー。いいなー」
Vが冷やかしてきました。
やっぱりこの2人に勝つのはわたしには無理だ、と思いました。
数日経って、デートの日になりました。
わたしは約束の時刻に遅れないように、早めに家を出ました。
本当はデートとは言えないのですが、それでも緊張してきました。
バスを降りて、駅前のロータリーの屋根の下に立ちました。