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「な……」

Uは言葉を失いました。目を見開いて、凝固しています。

「お兄さんはUの奴隷なんでしょ? Uが言えば聞いてくれるね」

「ちょ、ちょっと待ち! どういうコトやねん!」

Vが身を起こして、わたしたちの顔を順に見ました。

「どうしたのー?」

「一度お兄ちゃん以外の人と、デートしてみたかった。
 買い物の荷物持ちしてもらったり、喫茶店に行ったり」

「アンタ……兄ぃを前に振ったんと違うんか?」

「別に告白されたわけじゃないよ。振るも振らないもないと思うけど?」

「趣味悪いでぇ! あんなオタクでスケベなアホのどこがエエねん!」

「そう……? 優しいし、エッチなことしないし、良い人だと思う」

「本気……なんか?」

Uが真っ青になっているのを見るのは、実に珍しい経験でした。
わたしは、笑いの発作をこらえるのに必死でした。

「デートするだけなのに、大袈裟だよ」

「兄ぃは純情やから絶対本気にするで!」

「お兄さんは、わたしに好きな人が居る、って知ってるから、だいじょうぶ」

Uは返事をせず、顔を伏せて黙り込みました。
Vがおそるおそる、口を挟みました。

「どうなってるのー? わたしぜんぜんわからないよー」

反応が無くなったUを見て、わたしはやりすぎたかな、と思いました。

「……U、どうしたの? もしかして……泣いてる?」

床に座っているUの近くに這っていきました。
下から覗き込むと、Uは目蓋を固く閉じています。

「今のは冗談。ごめんなさい……U、怒った?」

「アホぅ……」

Uが低い声で、ぼそりとつぶやきました。

「兄ぃはなぁ……兄ぃはなぁ……」

「なに?」

「兄ぃは、わたしの本当の兄貴やない……」

「ええっ!」

今度はわたしが言葉を失いました。

「ホンマはわたしは兄ぃの従妹なんや。
 産まれてすぐ両親が死んで、
 今のお父ちゃんとお母ちゃんに貰われた……。
 ずっと兄ぃが好きやった……」

Uの突然の告白に、わたしは圧倒されました。

「兄ぃとわたしを弄ぼうやなんて……そんなんヒドイで……」

「ごっ、ごめんなさい」

わたしは土下座して、床に額をこすりつけました。

「傷つけるつもりじゃなかった。
 ごめんなさい。ごめんなさい」

重大すぎて、言い訳の言葉を思いつきませんでした。
Vが呆然としたような声で言いました。

「Uちゃん……知らなかったよー」

「許したる……その代わり、夏休みの宿題は全部見せてもらうで」

「え?」

一転した明るい声に、Uを見上げると、にやにや笑っています。
わけがわからなくて首を傾げるわたしに、Uが宣告しました。

「アンタも馬鹿正直やなぁ……。
 兄ぃとわたしはよう似てるやろ? ホンマの兄妹に決まってるやん」

「ウソ……だったの?」

「アンタも冗談やったんやろ?
 目には目を、歯には歯を、やられたら三倍返しや。
 ハンムラビ法典にも書いてある」

「それちょっと違う……」

「まぁエエわ。兄ぃは貸したる」

「え? そんな、悪いよ」

「アンタも最近元気なかったからなぁ……これも友情のしるしや。
 なんぼでもこき使ってかめへんで」

「その……お兄さんに悪いと思うんだけど」

「どうせ兄ぃにデート申し込むなんて物好きはアンタぐらいや。
 夢見せたってもかめへんやろ」

Vが横から、人ごとのように言いました。

「Uちゃん、悪魔?」

「誰が悪魔やねん!
 まぁ兄ぃにはわたしから言うとく。日にち決まったら電話するわ。
 それより宿題片付けよか。早うせんと終わらへん」

「うん……」

「○○ちゃん、うしししし、デートだねー。いいなー」

Vが冷やかしてきました。
やっぱりこの2人に勝つのはわたしには無理だ、と思いました。

数日経って、デートの日になりました。
わたしは約束の時刻に遅れないように、早めに家を出ました。

本当はデートとは言えないのですが、それでも緊張してきました。
バスを降りて、駅前のロータリーの屋根の下に立ちました。


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