142:
b君がわたしに声を掛けてきたのは、ある休み時間のことでした。
わたしは自分の席で、文庫本を読んでいました。
本を読んでいるあいだのわたしは、周りの声に反応しなくなるので、
UやVも邪魔はしませんでした。
本を照らす日射しが翳ったので、わたしは顔を上げました。
すぐ目の前に、b君の顔がありました。
こんなに近くで見るのは、これが初めてでした。
「なに?」
わたしが問いかけると、b君はにこっと白い歯をこぼしながら、
囁きかけてきました。
「××さん、昼休みに、ひとりで倉庫裏に来てね。ヨロシク」
b君はわたしの返事を待たず、すいっと立ち去りました。
わたしはb君の背中を見送りながら、来るべきものが来た……
と半ば憂鬱な気持ちになりました。
昼休みが始まると、UとVがやってきました。
「今日はお昼どこで食べよか?」
「お天気だからー、外にしようよー」
「……わたし、用事あるから、先に行ってて」
「? 用事って、なんやの? 昼休み早々」
「ちょっと、呼び出されてるから」
「職員室にか? アンタにしては珍しいなぁ」
「……倉庫裏に」
「っ! って、アンタ、誰にや?」
「b君」
「ホンマか!」
Vが叫び声をあげようとするのを、わたしは口をふさいで抑えました。
「……んぐんぐ……コクハクだよねー? ○○ちゃん」
「そうだと思う」
「aの言うたこともコレだけはホンマやったんやなぁ。
……で、アンタ、どないするん?」
Uが真面目な顔で聞いてきました。
「どうって……断る」
「そっかー。せやけど、よう考えたほうがエエかもしれんで?」
「……どういうこと?」
「うーん……bのコトはわたしもようは知らんけどな、
割とよくしゃべる子ぉやし、よう考えたら、
アンタにはああゆう子が合うてるかもしれへん、て思うんや。
アンタの眼力にビビらへんだけでも、稀少価値やで」
「…………」
わたしはさっき見たb君の顔を思い出しました。
お兄ちゃんの優しそうな面立ちとはぜんぜん違う、
どことなく激しさを感じさせるような、精悍な表情でした。
「まぁ、アンタが決めるこっちゃけどな。
断るんやったら、はっきり伝えたほうがエエで」
「なんて言ったら良いかな?」
「イヤ、とか、キショイ、とかは言わんほうがエエな」
「そんなこと、言わない」
「そやなぁ、『ごめんなさい』でエエんちゃうか?」
「それだけ?」
「ごちゃごちゃ言うてもしゃあないやん。
誰とも付き合う気ないんやったら、そう言うたらエエ。
そやけどなぁ、兄ちゃんと比べてもしゃあないで?」
心臓がどきん、と大きく打ちました。
「じゃ、行くから」
「ついていったろか?」
「ひとりで来てくれ、って言われた」
「まぁ……そらそうやけど、倉庫裏は人通りないからなぁ……
コレ貸したるわ」
Uがわたしに、防犯ブザーを握らせました。
「少し離れたとこでVと2人で待っとくわ。
音がしたら飛んでったるから、ヤバい、思うたら鳴らすんやで?」
「やばいことって?」
「まぁ、考えすぎやとは思うけどな。
うちの校区にも痴漢や露出狂が出るぐらいやからな、
用心に越したことはないっちゅうこっちゃ」
「ありがと」
UやVと話しているうちに、少し時間が経っていました。
b君はもう倉庫裏で待っているはずです。
わたしは足をはやめて、校舎裏に急ぎました。
倉庫の角を曲がると、b君が木にもたれてのんびりしていました。
モテモテですなぁ~!
2016-01-02 01:04:30 (8年前)
No.1
いいなぁ!!
2017-11-13 19:31:56 (6年前)
No.2