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わたしはベッドに入ってから、夜中まで思いを巡らせました。
でも、チョコレート以外にどんな物を贈られたらお兄ちゃんは一番喜ぶのか、
いくら考えても思い浮かびません。

既製品を贈るにしても、わたしのセンスではお兄ちゃんに似合うかどうか……
手作りの品を贈るにしても、なにを作ってもお兄ちゃんのほうが巧くできそうです。

第一、妹のわたしがバレンタインデーにプレゼントを贈っても、
身内の義理だとしか思われないでしょう。
静まりかえった部屋の底で、わたしは深海魚のようにじっとしていました。

次の日曜日の午後、わたしは買い物に出かけることにしました。
午前中は教会の日曜学校でUやVといっしょでしたけど、
2人を誘いはしませんでした。

わたしは駅前に出て、商店街やデパートを、疲れるまで当てもなく歩きました。
スポーツ用品売り場の前を通りかかって、ふとある物が目に留まりました。
マネキンが頭に着けている、汗を吸う生地でできたヘアバンドです。

冬休みに見たお兄ちゃんは、髪がずいぶん長く伸びていました。
トレーニングの時、ヘアバンドをすれば髪が邪魔にならないはずです。

その白いヘアバンドを着けたお兄ちゃんを夢想すると、
いつもにもまして凛々しく見えてきました。

わたしは即座に同じヘアバンドを陳列棚から取って、レジに直進しました。
レジは混んでいて、わたしは贈り物として包装してほしいと頼めませんでした。

その後わたしはラッピング用品の売り場を探して、
きれいな水色の包装紙のラッピングセットを買いました。

買い物が済めば、もう人混みに揉まれる必要はありません。
わたしは急ぎ足で帰宅しました。

家に着いたわたしは、ご飯も食べずに、ラッピングセットを広げました。
すると、セットに入っていたメッセージカードが気になりました。

白紙のメッセージカードに、どんなことを書いたら良いのか……
直接的な言葉は書けません。
でも当たり障りのないことを書くのは、嘘をついているような気がします。

わたしは1時間もメッセージカードとにらめっこした結果、
カードを入れずにヘアバンドを水色の包装紙で包み直すことにしました。
きちんと納得のいくまで包装できるまで、たっぷりと時間をかけました。

一仕事が終わってホッとしたら、お腹が空っぽなことに気づきました。
わたしはプレゼントを机の上に置いて、食事の支度を始めました。

やがて、バレンタインデーの前日になりました。
夕方からVの家に集まって、キッチンを占拠しました。
今日一日ここは、男子禁制でした。

UとVは、それぞれ自分で選んだ手作りチョコの材料セットを持ってきました。
わたしたちのチョコ作りに、Vのお母さんはノータッチでした。
Vのお母さんは昼間のうちに、自分のチョコ作りを済ましていたそうです。

テーブルの上に積み上げられた材料セットの山を見て、
わたしは思わずUとVの顔を見回しました。

「2人とも、そんなにたくさんチョコをあげるの?」

「わたしは兄ぃとお父ちゃんにや」

「わたしはおにーちゃんとパパと大パパにー」

「……どう見ても、10人分以上あると思うけど……」

「チョコ作りをなめたらあかん!
 チョコを固まらせるときぴったしの温度でないとあかんのや。
 攻撃には守備の3倍の戦力が必要やて言うからな。
 これでもまだ足らんぐらいや。
 失敗したんはわたしらでお茶にしよ」

「備えあれば憂いなしだよー」

「……なんだか微妙に違うような気がするけど……それもそうね」

結果は、Uのことわざ(?)の正しさを証明することになりました。
3人でティータイムにして、今日の戦果の成功したチョコを横目に、
失敗作を胃袋の中に処分することにしました。

舌触りの悪いチョコを噛みながら、わたしは言いました。

「失敗は成功の母……っていうもんね」

「父親はだれやねん?」

「だれかなー?」

「…………」

バレンタインデーの当日、わたしはお兄ちゃんからの電話を心待ちにしていました。
今日は、わたしが贈ったプレゼントが届いているはずでしたから。

でも、夜になっても電話はかかってきませんでした。
わたしが気を揉んで落ち着きをなくしていると、チャイムの音が鳴りました。
玄関に行くと、外から声がかかりました。

「電報でーす」

電報というものをわたしが受け取るのは、これが初めてでした。
イメージと違って、電報の紙にはきれいな模様が入っていました。

電話の前に戻ってわたしが二つ折りの厚紙を開くと、
モノトーンのオルゴールの音色があたりに響きました。
押し花をあしらった、メロディIC電報でした。

電報にはこういう意味のことが書いてありました。

「欧米ではバレンタインに男から花を贈るらしい。
 びっくりしたか? それなら成功だ。 兄より」

その日は結局、お兄ちゃんからの電話はありませんでした。
でもわたしは、電報を抱いて夢見心地のままベッドに入りました。


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