150:
その日はずっと胸苦しくて、食事が喉を通りませんでした。
いつもより早めにベッドに入りましたが、浅い眠りを繰り返すばかりなので、
あきらめて明け方に起き出しました。
わたしは早朝の涼しい空気を吸うために、着替えて玄関を出ました。
外の郵便受けに、新聞を取りに行ったのです。
門の所まで来て、わたしは愕然と立ちすくみました。
笑顔のb君が、門の向こう側に立っています。
「おはよう、○○ちゃん」
「……おはよう、b君」
どうしてb君が、こんな時間にこんな場所に居るのだろうか、
と不審に思う気持ちが顔に出たのでしょう。
b君はわたしが尋ねる前に、自分から話しだしました。
「ゆうべはなんだか眠れなくてさ。散歩ついでに歩いてきたんだ。
○○ちゃんは眠れた?」
「え、あ、うん……」
「そう、じゃあ、これから散歩に行かない?」
「わたし、もう一度寝るから」
「あ……そう。じゃあ、後でこれ読んでよ」
b君は、表に宛名だけ書かれた、分厚い白封筒を差し出しました。
わたしが手に取ってみると、封筒の厚さは1センチほどもありました。
「これ……なに?」
「あんまり話する時間がないからさ。夜中に手紙を書いたんだ。
後で読んで。じゃあまた」
b君は手を振って歩いて行きました。
玄関に入って封筒を開けると、四つ折りにした便箋が10枚入っていました。
便箋の1枚1枚に、行を空けずにびっしりと字が並んでいます。
詩の引用を交えながら、わたしを観察してきた事が綴られていました。
そこに書かれているわたしは、信じられないぐらい清純な姿でした。
ただ……わたしの名前が、読みは同じでも1文字違う字でした。
わたしは空腹でしたが、食欲がなくて、また寝間着に着替えました。
ベッドに入ってシーツをかぶっていると、下で電話が鳴りました。
びくりとして身を固くしていると、呼び出し音は十数回で途切れました。
わたしはこのまま、UとVがキャンプから帰ってくるまで、
家から一歩も出ないようにしよう、と思いました。
昼過ぎになって、また電話が鳴りましたが、わたしは出ませんでした。
眠ることもできず、ベッドの上で丸くなっていました。
ふと、玄関でごとごと物音がしているのに気づきました。
こんな時間に両親が帰ってきたことは、今まで例がありません。
わたしが全身を耳にしていると、物音は家の中に入ってきました。
確かに玄関には鍵を掛けていたはずです。わたしは息が止まりました。
リズミカルな足音が、階段を上がってきました。
わたしはハッと気がついて、ベッドから身を起こしました。
部屋の入り口に駆け寄って、ノブを回しました。
人影が、勢いよく開け放たれたドアに驚いて立ちすくみました。
「ッ……! ○○、居たのか」
びっくりした顔のお兄ちゃんが立っていました。
「お兄ちゃん……? お帰りなさい」
「あ、ああ、ただいま……○○、お前、泣いてるのか?」
「え……?」
気が付くと、頬が濡れていました。
お兄ちゃんの顔が、気遣わしげに強ばりました。
「寝間着のままで、体の調子が悪いのか? なら早くベッドに寝なくちゃ」
「体は、だいじょうぶ」
「とにかく、ベッドに行こう」
お兄ちゃんはわたしを抱きかかえるようにして、ベッドに連れて行きました。
お兄ちゃんの膝に座って首に両腕を回してみると、お兄ちゃんの首は
温かいというより熱いぐらいでした。
「○○、お前、手が冷たくなってるじゃないか」
体温が下がっていたのは、さっきまで鳥肌が立っていたせいでしょう。
お兄ちゃんはわたしの背中をこすりながら、囁きました。
「何があったんだ? 兄ちゃんに話してみろ」
「……お兄ちゃん、手紙読んだ?」
「ん、ああ、だから予定を早めて帰ってきたんだ。
駅から電話しても誰も出ないから心配したぞ。
電話の音が聞こえなかったのか?」
「ごめんなさい……聞こえてたんだけど、出られなかった」
「……? どういうわけだ?」
わたしはお兄ちゃんの胸に顔を埋めたままで、b君に呼ばれて倉庫裏に
行ってからのことを、順を追って詳しく話して聞かせました。
お兄ちゃんはうんうんと相づちを打ちながら、黙って聞いてくれました。
わたしが手首を掴まれて赤いアザが出来た話をすると、
お兄ちゃんはすぐに、カーテンを閉め切っていた部屋の灯りを点けて、
わたしの手首を確認しました。
アザは薄れてもうわからなくなっていましたが、
わたしはお兄ちゃんの目が、狂暴な光を帯びているのに気づきました。
驚いて言葉を失ったわたしに、お兄ちゃんは硬い声で続きを促しました。
お兄ちゃん来た、これで勝てる
2017-07-22 05:40:39 (6年前)
No.1
お兄ちぁぁゃん!
2017-11-13 19:45:11 (6年前)
No.2