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お兄ちゃんを見送って、わたしはUに電話をかけました。
「もしもし……」
「○○か? どないしたん、アンタから電話なんて珍しいな」
「これから、行って良い?」
「暇やからかめへんけど……えらい不景気な声して、なんかあったんか?
……まぁ来てから話したらエエわ。Vも呼ぼか?」
VのXさんとのキスシーンが蘇りました。
「Vは……呼ばないで」
わたしの語調から何か感じ取ったのか、Uは追及してきませんでした。
「……? なんや知らんけど待ってるで」
Uのマンションに着くと、Uのお母さんが出迎えてくれました。
Uは奥のリビングで、文字通りごろごろしていました。
Yさんの姿は見えませんでした。
「あー来た来た。退屈しとったんや。まぁ座り」
わたしはカーペットに座って尋ねました。
「お兄さんは?」
「バイトやて。駅前の×××ちゅう店や。
食べに行ったろか言うたら、お前だけは来んな、言うから腹立つわ。
どうせ他のバイトの子が目当てなんとちゃうか?」
「ホントに?」
「……まさか、あの甲斐性無しが、そんなわけないけどな。
それより○○、なんか相談でもあるんか?」
もともと相談事があって来たわけではなかったのですが、
Uの目は誤魔化せませんでした。
わたしは何をどう口にしたら良いのか迷って、口ごもりました。
Uのお母さんがリビングに入ってきました。
「U! だらしのうしてないでちゃんと座り。
○○ちゃん、足崩してね」
「おかまいなく」
お母さんは、冷えた西瓜が2切れ載ったお盆を置いて、下がりました。
Uはクッションから顎を上げて、よいしょと座り直しました。
「アンタはエエ子やからなぁ……比較せんといてほしいわ」
Uはぶつぶつ言いながら西瓜にかぶりつきました。
「ごめんね」
「マジに言うたんとちゃうから、気にせんといて。
今日はアンタ、ホンマにノリ悪いなぁ?」
西瓜を食べることに集中して、しばらく無言が続きました。
Uは食べ終わると、またクッションに身を預けました。
「わたしだけごろごろしとったらまた怒られてしまうわ。
○○も横になり」
わたしはもう1つのクッションにコロンと横になり、口を開きました。
「Uは、VとXさんのこと、知ってる?」
「オルガンの兄ちゃんか? アンタよりは前から知ってるけどな。
Vは昔から昨日みたいにXにべったりや」
「VとXさん、真面目に付き合ってるのかなぁ?」
「……? 付き合うてるいうても、彼氏彼女には見えへんなぁ。
子供と子守のおっさんちゅう感じやけど……それがどないしたん?」
わたしは逡巡して、やっぱりいずれ分かることだと思い、打ち明けました。
「わたし、ゆうべ、見ちゃった。
VとXさんが、川原でキスしてるところ」
「……! ホンマか?」
「うん。お兄ちゃんも一緒に見た」
「うわ……えらいモン見たなぁ……」
Uは一瞬呆然としてから、険しい顔つきになりました。
「Vはあの兄ちゃんを信じ切ってるみたいやけど、
わたしにはどうも信用でけへん。
高3の男が5歳も年下の中1の子と真面目に付き合うもんやろか?」
「わたしにはなんとも言えないけど……」
「あの子が傷つかんように、わたしらで見守ったらなアカンな……。
アンタが元気なかったんは、Vのこと心配しとったからか?」
「ごめん。Vのことは気になってたけど、今まで心配してたわけじゃない。
元気ないように見えるんだったら、別の理由」
「『お兄ちゃん』のことか?」
「どうしてわかるの?」
「少々のことでうろたえへんアンタがそんだけ萎れるいうたら、
お兄ちゃんのことしかあらへんやろ。喧嘩でもしたんか?」
「喧嘩じゃ……ないと思う。
ゆうべVのキスを見て、今朝から素っ気なくなった」
「なんでそうなるんや?」
わたしはどこまで話すべきか少し考えて、省略した経過を明かしました。
「わたし、キスのことで頭が一杯になって、
お兄ちゃんに、キスの練習したいって頼んだ」
「なんやてぇ! ……そんなこと言うたらそら兄ちゃんかて唖然とするわ。
それでアンタのこと、意識してるんと違うか?」