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写真はすぐには出来ないそうなので、引き換え伝票を貰って帰りました。
大きなサイズの他に、サービスサイズもおまけしてもらいました。

帰宅して、写真を撮りに行った事を、便箋に書き始めました。
書いているうちに、だんだんと気持ちが高ぶってきました。

5枚の便箋を字で埋めたあと読み返すと、まるでラブレターそのものでした。
わたしは便箋を丸めて、ゴミ箱に投げ入れました。

夏休みの前は、自分を抑えていられたのに、1ヶ月のあいだずっと、
お兄ちゃんの笑顔を見て、お兄ちゃんと一緒に過ごして、
そして再び離ればなれになってみると、締め付けられるような胸の痛みが、
かえって強くなってしまいました。

どうしてこんなに苦しいのに、好きになってしまったんだろう、と思いました。
夜、ベッドに入っても、なかなか寝付くことができませんでした。

真夜中になって、わたしは不意に目が覚めました。
頭を空っぽにしても、胸苦しくて、息がはあはあと大きくなってきて、
居ても立ってもいられなくなりました。

わたしは起き上がって、蛍光灯も点けずに、外出着に着替えました。
枕の下に入れてあったパスケースをポケットに仕舞い、部屋を出ました。

家の外に出ると、頬に当たる風が涼しすぎるぐらいでした。
星明かりの下、お兄ちゃんと一緒に散歩した道を、ひとりで歩きました。
足が疲れるまで、声もなく涙を流しながら、わたしは歩き続けました。

朝になって、洗面所で鏡を見ると、目が赤く充血していました。
眠い目のまま登校して、自分の席に着きました。
そう言えば、新学期が始まってから、学校で誰とも口を利いていませんでした。

午後のロングホームルームの議題は、10月の運動会の役割分担でした。
わたしは、運動会が嫌いでした。
1年生から5年生まで、いつも徒競走でビリだったからです。
運動会の前日に、大雨で運動会が中止になればいい、と思った事もあります。

誰かが、わたしを応援団に推薦しました。
信任投票では、あっさり過半数の手が上がりました。
わたしが応援に向いていたから、選ばれたのではありません。

応援団に入ると、参加する競技が少なくて済みます。
わたしのような戦力外の子に割り当てるのが、通例だっただけです。

放課後、応援団員が、校庭の隅に集められました。
結団式があって、6年生の男子が団長に就任しました。

男子は中学の詰め襟学生服を着て鉢巻きを締め、
女子はテニス部のスカートを穿いて両手にポンポンを持つことになりました。

女子は、自分の分のポンポンと、クラス単位の応援で振る旗を、
各自で作ってくるように指示されました。
ポンポンの材料のビニール紐と、旗の材料の短い竹竿、赤い布を持って帰りました。

家に帰ってポンポンを作っていると、手を動かしているあいだだけ、
余計なことを考えずに済みました。

次は、竹竿に赤い布を縫いつけるだけです。
裁縫箱を取り出しながら、ふと、考えがひとつ浮かびました。
応援団で活躍できれば、お兄ちゃんへの手紙にそれを書けるのではないか、と。

わたしのように背が小さくて、大きな声が出せなくても、
大きくて派手な旗を振れば、応援で目立つことができるかもしれません。

わたしはまず、近くの住宅建設現場で、細長い棒切れを拾ってきました。
板の端切れで柾目が横に走っていましたが、ちょうど手頃な長さだったのです。

棒を端から端まで白と赤のガムテープで巻いて、ささくれを隠しました。
旗の材料に、古いシーツを80センチ四方に2枚、切り取りました。

2枚のシーツそれぞれに、赤いガムテープで、

 赤 組

 優 勝

と、太く字を書きました。
ガムテープが剥がれないように、赤い刺繍糸でテープを固定します。

余白には、何種類も刺繍糸を使って、字を囲むように模様を描きました。
最後に、2枚のシーツを張り合わせて、縁を刺繍で飾りました。

わたしは手先が不器用だったので、これだけのことを仕上げるのに、
空いた時間を毎晩全部つぎ込んでも、1週間掛かりました。

そのあいだに、出来上がった写真を取りに行き、写真館で写真を撮った事、
運動会で応援団に所属する事を記した短い手紙を付けて、お兄ちゃんに
送りました。

放課後には、運動会の練習がありました。
わたしは、応援団の全体応援練習で、ダンスを踊らされました。
運動神経の鈍いわたしは、みんなの動きに付いていくのが大変でした。

でも、わたしが頑張っている事を、お兄ちゃんへの手紙に書くのが楽しみで、
筋肉痛や疲れは、少しも苦になりませんでした。
むしろ、疲労困憊するまで体をいじめた方が、夜ぐっすりと眠れました。

10月になり、運動会の日がやってきました。
今度ばかりは、大雨が降ることを祈ったりはしませんでした。

わたしは、全員参加の玉入れと徒競走に出場する事になっていました。
保護者席にはお兄ちゃんはもちろん、両親の姿も見えませんでした。


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