17:


愛想の良い女の人に案内されて、わたしは待合室のソファーに腰掛けました。
いつも行っていた床屋とは違う、なんだか甘ったるい匂いがしました。
周りでは大人のおばさんやお姉さんが、退屈げに雑誌を読んでいます。

顧客カードに記入してしまうと、順番が回って来るまで手持ち無沙汰でした。
華やかな雰囲気の室内を、きょろきょろ見回していると、
誰かと目が合いそうになったので、あわてて手元の雑誌を手に取りました。

ヘアカタログらしく、沢山の種類の髪型が載っています。
でも、どのモデルさんの顔も自分とは似ても似つかないように見えて、
自分の顔にどんな髪型が似合うのか、見当も付きません。

カタログを睨んでいると、わたしの順番になって、名前が呼ばれました。
鏡の前の椅子に腰掛けると、まだ若い、元気そうな美容師さんが後ろに立ちました。

「美容院は初めて?
 緊張しなくていいからねー。
 どんな感じにしよっか」

わたしは床屋では、自分の希望を口にした事などありませんでした。
わたしがかちこちになって黙り込んでいると、美容師さんが髪の毛を撫でました。

「うーん。真っ直ぐで真っ黒で綺麗な髪ねー。
 ちょっと髪の量が多いから、全体に梳いて軽くしよっか。
 毛先をシャギーカットにした方が可愛いわね」

わたしはやっとの事で、ぎくしゃくと口に出しました。

「お任せします。
 ……大人っぽい感じにして下さい」

この抽象的でかなり無理のある希望にも、すぐに答えが返って来ました。

「じゃあ、襟足を段カットして、ちょっとだけカールしてみよっか。
 ちゃんとお手入れしたら、すっごく艶が出て綺麗になるわよ」

床屋とは逆に髪をカットするより先に、仰向けの形で頭を洗われました。
髪をいじられていると、なんだか眠くなって来ました。
美容師さんは初めに鋏でなく、櫛のような形の剃刀でわたしの髪を削りました。

わたしは気持ちよさにいつしか、こっくりこっくりして来ました。
美容師さんに肩を叩かれて、ハッ、とすると、もう終わっていました。
正面の鏡の中で、髪を短くした見慣れないわたしが、ぽかんとした顔をしています。

両脇のボリュームが少なくなったせいか、なんだか変な顔に見えました。
どう見ても、大人っぽくなったようには見えません。
わたしが鏡とにらめっこしていると、美容師さんがフォローを入れました。

「どう? すっごく可愛くなったでしょ?
 中学生に見えるわよ」

わたしはきっと、見え透いたお世辞に違いないと思いましたが、
それでも心が少し動きました。

それから美容師さんは、日常の髪の手入れのやり方を教えてくれて、
最後に髪を柔らかくするという、外国製のトリートメントを勧めて来ました。
今思うと、平凡なセールストークだったのだろうと思いますが、
その時のわたしには、硬い髪を柔らかくできるのが何より魅力的でした。

お兄ちゃんから余分に貰っていたお金で、トリートメントを1瓶買い、
帰宅する事にしました。
自転車で風を切ると、軽くなったショートボブの頭がすーすーしました。

期待と不安の入り交じった気持ちで家に着くと、
お兄ちゃんはまだ、帰って来ていませんでした。
食卓の椅子に座っていると、そわそわしてきて、時計にしょっちゅう目が行きます。
待っている時間は、ひどくゆっくりと流れているように思えました。

ふと、玄関で物音がしました。
わたしはぱたぱたと、玄関に駆けて行きました。
やっぱりお兄ちゃんでした。

「お帰りなさい! お兄ちゃん」

お兄ちゃんは、大きな荷物を持って、なぜか制服を着ていました。

「ん、○○、もう帰ってたのか」

お兄ちゃんはわたしの横をすり抜け、足早に自分の部屋に上がって行きました。

半分開いたままのドアの外に、人影が見えました。
お兄ちゃんの学校のブレザーの制服を着た、Cさんでした。

「○○ちゃん、久しぶりー。
 髪切ったのね、見違えちゃった。
 すっごく可愛いじゃない」

Cさんと会うことは、このとき全く予想していませんでした。
お兄ちゃんはそれまで、家に友達を連れて来た事が無かったのです。
家に友達を連れて来て、万が一両親を見られるのが嫌だったんだろうと思います。
わたしも数年後に、同じ事を考えるようになりましたから。

わたしがうろたえて黙っていると、お兄ちゃんが下りてきました。

「○○、ずいぶん短くしたんだな。
 さっきはびっくりしたよ。
 なんか、女らしくなったじゃないか」

お兄ちゃんがわたしの髪に手を置こうとしました。
その手を、途中でCさんが掴みました。


嫌な予感が……
2017-05-30 03:07:51 (1年前) No.1
あー……
2017-10-12 22:28:27 (11ヵ月前) No.2
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