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保健室の先生は、いつもと変わりない落ち着いた口調で言いました。
「じんましんができたのは、これが初めて?」
「はい……」
かゆさと気持ち悪さが相まって、わたしは吐き気を催しました。
胸がむかむかして、手足が冷たくなりました。
呼吸は浅く速くなり、居ても立っても居られない焦燥感に襲われました。
「気分悪い?」
わたしはうなずいて、硬く強張った体を自分で抱きました。
肩が小刻みに震えるのを抑えようとすると、全身ががくがく震えだしました。
「ベッドに横になりなさい。服はそのままでいいから」
わたしはベッドに横たわって、体を丸めました。
先生は枕元の丸椅子に座って、穏やかな声でわたしに語りかけました。
「あなたぐらいの年頃だと、こういうことは珍しくないの。
肌に傷が残ったりはしないから、心配は要りません。
息苦しいと思うけど、じっとしていたらそのうち楽になります。
先生がずっとここで見てるから、目をつぶって休みなさい」
1時間ほど横になっていると、ふつうに息ができるようになりました。
わたしはベッドの上で身を起こして、先生に声をかけました。
「先生……だいぶよくなりました」
「そう。もう一度肩を見せてちょうだい」
肩をはだけてみると、あんなにくっきり浮かび上がっていたじんましんは、
跡形もなく消えていました。
「……あれは、なんだったんでしょうか?」
「思春期には、心と体が強く結びついているの。
心が不安定になると、体に症状として表れることがある。
当たり前のことだから、悩まなくていいのよ」
この後も、わたしの体調が悪いときに、この発作は起きました。
いまでも数ヶ月おきにありますけど、お馴染みにになってしまうと、
冷静にやり過ごせるようになりました。
でも、わたしが男の人の前で平静を保てるようになるまで、
数年の月日が必要でした。
肉体的な接触はもちろん、近寄られるだけで、体が硬直しました。
わたしはあの日の出来事を、だれにもしゃべりませんでした。
f先生の不在は、急病のせいということで処理されました。
ただ、UとVの目だけは誤魔化せませんでした。
新しいゲームソフトが手に入ったというので、
VといっしょにUのマンションを訪れたときのことです。
UとVの後に続いてリビングに続く廊下を歩いていたわたしは、
突然トイレから出てきたYさんと、もう少しでぶつかるところでした。
その場に棒立ちになったわたしから、Yさんはあわてて飛び退きました。
立ち止まったままのわたしを、先にリビングに入ったUが呼びました。
「○○、どないしたん?
……て、アンタ真っ青やないか。
兄ぃ! ○○になにしたんや!」
疑惑を向けられて、Yさんはあわてふためきました。
「い、いや……俺はなんもしてへん……と思う」
「お兄さんは、なにもしてません。
少し……わたしたち3人だけにしてくれませんか」
「あ、ああ……」
Yさんは逃げるように立ち去りました。
UとVは事態が飲み込めない風で、わたしの顔を心配そうに覗き込みました。
わたしたち3人は、リビングのクッションに腰を下ろしました。
Uが真面目な顔で、口を切りました。
「どういうことか、話してくれるんやろ?」
この2人には、隠し通せないと思いました。
「……秘密にしてくれる?」
UとVはうなずきました。
「実は……」
わたしが一部始終を話し始めると、Uは真っ赤になって憤激しました。
Vは口に手のひらを当てて、目をまん丸にしています。
「ヘンタイ教師が……! ○○、アンタなんで黙ってるのん。
そんなアホは徹底的に追及してクビにしたらな!」
「f先生……カッコいいと思ってたのにー。ひどいよー」
Vはショックを受けて泣きだしました。
わたしはVの背中をさすりながら、答えました。
「f先生のこと、信じてた。どことなく、お兄ちゃんに似てたし……
もう、好意はなくなったけど、恨む気にはなれない」
「なんでやの?
なんぼ兄ちゃんに似てたからいうて、今さらかばうことないやん」
「どうして、わたしだったんだと思う?
わたしより大人で綺麗な子が、他に居たのに」
「そら……アンタが大人しゅうて抵抗せん思うたんとちゃうか?」
「それもあるかもしれない……でも、それだけじゃないと思う。
去年、Uは言ったよね。わたしの目つきは、喧嘩売ってるか、
色目つかってるように見える、って」