195:
放課後、わたしはUとVに声を掛けました。
「2人とも、先に帰っててくれる? わたし、用事が残ってるの」
「まさか……c先輩に呼び出されてるんやないやろな?」
「違うよ」
「なんやの?」
「……ごめん、言えない」
わたしはうなだれました。なぜだか、話したくなかったのです。
Uは「まぁ、エエけどな」と言って背を向けました。
Vは悲しそうな顔をして、Uの後を追いました。
ちくちく痛む胸を抱えて、3年生の下足箱に向かいました。
出口の外に立っていると、先輩たちが前を通り過ぎます。
こちらに目を向ける人も居ましたが、わたしは視線を動かしませんでした。
出てくる人影が少なくなってきた頃、cさんの顔が現れました。
cさんは立っているわたしに気づいて、歩み寄ってきました。
「なにしてんの?」
「先輩をお待ちしていました」
「へぇ。意外と積極的なんだ? いっしょに帰るか?」
「はい」
cさんの横にいた男子の先輩が、にやにやしながら歩いていきました。
わたしはcさんと肩を並べて、歩きだしました。
「○○、オマエ歩くの遅いな」
いきなり呼び捨てにされて、びっくりしました。
「はい?」
「付き合ってることにするんなら、呼び捨てのほうがいいだろ?
それとも待ってたってことは、マジで付き合うつもりか?」
「違います」
cさんの顔が渋くなりました。
「オマエ……俺を舐めてるのか?」
「え……? わたし、なにか失礼なこと言いました?」
cさんの態度の急変に、わたしは驚きました。
わたしを睨みつけてくる瞳に、ぽかんと見入りました。
cさんは首を振り振り言いました。
「オマエ……ホントに変わってるな」
その言葉をどう取っていいかわからず、わたしは曖昧にうなずきました。
「……すみません」
「俺が睨みつけたらたいていの女子はビクビクするんだが……。
どうなってんだオマエ。怖くないのか?」
「怖いです。虎の檻に入ってるみたいです」
「あっきれた……。じゃあなんだって俺を待ってたんだ?」
「お伺いしたいことがあります」
「……? △△さんのことか?」
「そう……とも言えます」
「意味がわからんな。タダじゃ嫌だって言ったら?」
「あの……わたしには、お返しできるものが無いんですけど」
「……ハァァ? マジで言ってんの?」
cさんは珍しい動物でも見るような目で、わたしを見ました。
「オマエみたいな女見たことないよ……。
で、訊きたいことって何だ?」
「あの……cさんは殴り合いの喧嘩することありますか?」
「俺のコトか? そりゃある」
「喧嘩するのは、なぜですか? 面白いからですか?」
「うーん、なんだってそんなコト知りたがるんだ?」
「心配なんです……兄が」
「心配すること無いだろ。あの人が負けるのなんて、想像つかねぇよ」
「勝ち負けじゃないんです。兄が怪我をするのは、イヤですけど……」
「理由ねぇ……。こんなこと訊かれたのは初めてだ。
そうだなぁ……舐めたコトされるとムカつくからかな?」
「兄も、同じでしょうか?」
「どうだろなぁ……あの人は自分から手を出すことはなかった。
けど、たまに苛ついてる時は喜んで喧嘩買って歩いてたからなぁ。
ストレス解消ってヤツ?」
「ストレス解消……」
「あの人に絡んでカツアゲしようなんてバカは、シメられて当然だよ」
cさんは堪えきれないといったふうに、笑いだしました。
わたしは歩きながら、ずっと考えていました。
お兄ちゃんを暴力に駆り立てる、心の闇を。
わたしの想像の中で、お兄ちゃんは拳を赤い血で染めて、
ぞっとするような嫌な笑みを浮かべていました。
「先輩」
「んあ? どした」
「わたし、こっちの道ですから、ここで失礼します」
「まだ早いじゃん。これからカラオケでも行こうぜ。
質問のお返しってことでいいだろ?」
「わたし、音痴です」
「俺が歌い方教えてやるよ。なぁ、行こうぜ」
よほど歌唱力に自信があるのか、cさんはすっかり乗り気でした。
でもわたしの歌は、リズム、音程、声量の3拍子揃ってダメでした。
「ごめんなさい……今度、美味しいパフェをご馳走しますから」
「パフェぇ? そんなもん男の食いモンじゃねぇよ」