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思わず足が止まってしまい、わたしはお兄ちゃんに引きずられました。
「……? どうした?」
その時のわたしはきっと、魂の抜けたような顔をしていたと思います。
わたしの視線を追って、お兄ちゃんも気が付きました。
「あ」
お兄ちゃんの手にぐいぐい引っ張られて、川沿いの道に上がりました。
わたしはまだ、ショックから抜け出せていませんでした。
お兄ちゃんの照れくさそうな声が、耳に入りました。
「いや……驚いたな。あの2人、付き合ってたんだ」
中学校にもなれば、クラスにもカップルぐらいは出来ています。
でも、あの子供っぽいVが……5つも年上の高校生と付き合ってるなんて、
わたしの想像を超えていました。
「わたし……知らなかった」
「ん……まぁ、気にすんな。Vちゃんも言うのが恥ずかしいんだろ。
そのうちちゃんと教えてくれるさ、友達なんだろ?」
「……うん」
さっきのキスシーンが目に焼き付いて、お兄ちゃんを見られませんでした。
お兄ちゃんの顔を見ようとすると、唇が動くのを目で追ってしまいます。
「先に行ってれば後から来るさ」
どきどきする胸を抑えながらうつむき加減で歩いていると、Uの声がしました。
「あーー! ○○、そんなトコにおったんか。探したでもう!」
Yさんが小声でツッコミを入れました。
「お前なぁ……夜店回ってただけやないか。どんだけ食うねん」
見ると、Uは両手に別々の食べ物の串を持っていました。
「VとXの兄ちゃんともはぐれてしもうた。向こうで見ぃへんかったか?」
お兄ちゃんがわたしの目をちらりと見て、代わりに答えました。
「見なかった……けど、川原は暗いからすれ違ったかもしれない。
ここで待ってたら来るんじゃないかな?」
「あ、そうですか。じゃあ、お兄さんもなにか食べません?」
Uの標準語は、背筋が凍りそうなほど奇妙なイントネーションでした。
「そうだね、じゃ、行って来る」
戻ってきたお兄ちゃんは、玉子カステラとイカの姿焼きを手にしていました。
「味見してみろよ」
わたしは差し出されたイカを、一口だけかじってみました。
「美味しいけど、そんなに食べられないから、お兄ちゃん食べて」
わたしがかじったイカの残りを、口に入れるお兄ちゃんを見ていると、
呼吸が困難になってきたので、Uのところに撤退しました。
甘い玉子カステラをUと2人で食べていると、Vがやってきました。
「あー、みんなここにいたんだー」
「V、どこに行ってたんや?」
Xさんが答えました。
「ごめんごめん。暑いからちょっと川原を散歩してたんだ。
そろそろ人も少なくなってきたかな」
どれだけ引き回されたのか、疲れた様子のYさんが話を継ぎました。
「そしたら、そろそろ帰りましょか」
駅までの道をぞろぞろと歩きました。
VとXさんをちらちら見ても、特に変わった様子はありません。
Vは以前から、Xさんとああいう関係だったんだろうか、と思いました。
人の数は減っていましたが、それでも道はかなり混んでいたので、
途中から表通りを外れた細い道に入りました。
「なぁ、せっかく来たんやから、なんか食べていかへん?」
UがYさんの
「お前なぁ……このへんはどこも人で一杯だぞ?」
抵抗しながらも、Yさんの声は白旗を掲げているようなものでした。
Uの視線の先には、回転寿司チェーンの看板がありました。
店の中は、意外にも空いているようでした。
お兄ちゃんがわたしに尋ねました。
「○○、ワサビはだいじょうぶか?」
「え……うん、香辛料は問題ない」
Yさんの抵抗もむなしく、揃って回転寿司の店に入りました。
カウンターではなく、ベルトコンベアから直角に突き出した座席に着きました。
「他の店はみんな行列できてたのに、運が良かったですね」
お兄ちゃんにそう言われても、Yさんは力無く笑うだけでした。
「ははは……」
Xさんは、じゃれつくVをかわすのに精一杯のようでした。
わたしは巨大な湯飲みでお茶を飲んで、一息つきました。
意識がそこらにさまよっているようで、考えがまとまりません。
わたしが黙っていると、コンベアの側に座っているお兄ちゃんが言いました。
「どれ食べる? 取ってやるよ」
「卵焼きと、シーチキン」
皿をわたしの前に置きながら、お兄ちゃんは難しい顔をしました。
「どうしたの?」
「ちょっとな……美味しくなさそうだ」
噛んでみると、卵焼きは固くなっていました。
握ってから時間が経ちすぎていたようです。
わたしが今まで食べた中で最悪の、目が覚めるほど不味いお寿司でした。
「なんやこれ!」とUが怒り出しました。
Yさんが「こんなとこで騒ぐなよ」となだめました。
早々に会計を済ませ、外に出ました。Uはまだ怒っていました。
「こんなトコすぐに潰れるわ!」と大声で言いました。
わたしも内心同意しました。