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洗い場でVに背中をこすってもらっていると、ガラス戸が開き、
誰かが浴場に入ってきました。目を向けると、aさんでした。
わたしもUから話を聞いた後、aさんの顔を覚えていたのです。
aさんはわたしと目が合うと、声を掛けてきました。
「2人とも、仲がいいのね〜」
なんとも返答に困る、あざけるような声でした。
わたしは黙ってうなずきました。
aさんが話しかけてきたのは、覚えている限りこれが初めてでした。
「××さん、ダイエットし過ぎじゃない?」
aさんの視線が、胸に突き刺さったような気がしました。
aさんの胸や腰のまわりを見ると、ふくよかに肉が付いていました。
余分な肉を少し分けてほしいものだ、と内心で思いながら、
わたしはaさんの脇腹をじっと見つめました。
「わたし、ダイエットはしてない」
aさんはなぜか憤然として、湯船に近づき掛け湯をしました。
ばしゃばしゃと乱暴にお湯をかけるので、しぶきがこちらまで飛んできました。
Vがわたしの背中にお湯をかけながら、言いました。
「○○ちゃん、もうあがるー?」
「湯船でもう一度、あったまらない?」
「いいねー」
aさんの入っている湯船に、わたしたち2人も入りました。
「やっぱり大きいお風呂は気持ちいいねー?」
「そうね。遠足で足、疲れた?」
「ちょっとねー」
「後でマッサージしてあげる」
「○○ちゃん、マッサージできるのー?」
「お兄ちゃんにやり方、教わったから」
「お兄さんがいるといいなー」
「うん」
aさんは、黙ってお湯に浸かっていました。
「aさん」
「な、なに?」
わたしが話しかけたので、aさんは面食らっているようでした。
「お湯にタオル浸けたら、ダメ」
「……! うるさいわね。それぐらい分かってる」
どういうわけか、aさんはひどくイライラしているようでした。
「カルシウム入りのふりかけ、食べると良いよ」
ずっとお湯に浸かっていたせいか、aさんの顔が真っ赤になっていました。
aさんは返事もしないで、湯船から上がってそのまま出ていきました。
「aさん、お風呂で体、洗わないのかな?」
わたしがそう言うと、Vも首をひねっていました。
お風呂からあがって部屋に戻ると、異様に騒がしくなっていました。
「どうしたの?」
ちょうど側にいたUに尋ねてみました。
Uは可笑しくてたまらない、といった様子でした。
「うくくくく……アホな男子がおったんや」
「……?」
「隣のクラスでな、天井から男子が降ってきたんやて」
「え?」
「女子の部屋にこっそり遊びに来るつもりやったらしいけどな、
畳をはがして天井裏に降りて、薄い天井の板を踏み抜いたんやて。
ちょうど畳んだ布団の上に落ちたから怪我はせえへんかったらしいけど、
天井のホコリが落ちてきて、部屋中真っ白になったらしいわ。
あははははは、天井からどないして降りるつもりやったんやろな?」
確かに、その男子の計画には問題があると思いました。
「それで、どうなったの?」
「先生が飛んできて、連れて行かれたわ。たぶん、今夜はずっと説教やな。
天井の修理代も請求されるやろし、ホンマにアホなことしたもんやで」
「そうね……ところで、あれはどういうこと?」
視線を部屋の奥に向けると、そこにはクラスの男子が数人居ました。
「あれか? 雨樋を伝って2階から降りてきたんや。
天井から降ってくるよりはマシやな。
差し入れのお菓子を持ってきよったから、歓迎されてるで」
「先生の見回りは、だいじょうぶなの?」
「さっき来たとこや。
見張りが合図したら、男子を押し入れに隠すんや。
かくれんぼみたいでオモロイで」