202:



「お前……きっついなぁ……」

cさんがたまりかねたように、声をあげました。

「ごめんなさい。嘘を言っても仕方がありませんから。
 脅しつけるような態度を改めたら、モテるようになると思います」

「脅しつける?」

「目を細めて、睨むような目つきのことです」

「これは……目が悪いせいだ」

cさんは、ポケットから眼鏡ケースを取り出して、眼鏡をかけました。
縁無しの眼鏡をかけると、別人のように見えました。

「そのほうが……真面目そうですし、可愛いです」

「バカヤロ。みんなそう言うから眼鏡しねぇんだ。笑うな」

cさんはすぐに眼鏡を外しました。

「わたし、笑ってません」

cさんの視線を追うと、Uが必死に笑いをこらえていました。

「U、笑うのは悪いよ」

「くくく……アンタの口のほうがよっぽど悪いで」

「そう? でも、どうしてコンタクトにしないんですか?」

「……目の中に入れるなんて気持ち悪いじゃねぇか」

「眼鏡もコンタクトもしないでいると、もっと悪くなりますよ?」

「わかったわかった……もういい」

cさんはわたしを無視して、パフェの残りを口に運びはじめました。
しばらくのあいだ、無言の時が流れました。

わたしがパフェの一番底をすくっていると、cさんが口を開きました。

「本ばっかり読んでるって聞いたけど、お前はコンタクトしてるのか?」

「両目とも2.0です。本は関係ないと思います」

「そうだな……俺はマンガしか読まないのに目が悪くなった」

「マンガならわたしも読みます。『セーラームーン』はご存じですか?」

「いや……そういうのは読んでない。アニメでやってるヤツか?」

「アニメは観ないので、よく知りません。
 『セーラームーン』は有名なので、ご存じだと思ったんですけど。
 ホントに好きなのは、伸たまきの『パーム』シリーズです」

「ぜんぜん知らねぇ……」

「少女漫画っぽくないですから、男の人が読んでも面白いと思います。
 主人公のジェームス・ブライアンは巨大シンジケートのボスの甥で、
 少年刑務所を出所して、私立探偵の助手になります。
 すごくクールで格好良いんです……」

cさんはわたしの話を聞いているのかいないのか、よくわかりませんでした。
4人ともパフェを食べ終えると、cさんはいきなり席を立ちました。

「俺、帰るわ」

「そうですか。パフェは美味しかったですか?」

「美味かった。この後どっかに誘おうと思ってたんだけどな。
 俺じゃ駄目みたいだ」

「どういう意味ですか?」

「お前のこと面白いと思ったんだけどな……なんつーか世界が違う。
 俺じゃ無理だ」

cさんはなぜか、苦笑していました。

「これ、俺の分」

cさんはテーブルに、お札を置きました。

「今日はわたしのおごりですよ?」

「男に恥かかせんなよ。最初からおごらせる気なかったし」

「あの……それだと足りないんですけど」

「なに?」

わたしが金額を言うと、cさんはお金を足しました。

「最後までキマらねぇな……」

cさんが立ち去って、わたしとUとYさんが残されました。

「先輩、案外あっさり引き下がったやん」

「そうだな……緊張したよ」

Yさんはホッとしたのか、だらしない顔になっていました。

「U、これからどうするの?」

「せっかくやから、このへんぶらぶらするわ。
 アンタもいっしょに来るやろ?」

「わたしはもう帰る。少し疲れちゃった。3人乗りはやっぱり恐いし。
 2人でゆっくりしていって」

わたしはVへのお土産のアップルパイを買って、書店に寄ってから、
1人でバス停に向かいました。
考えてみると、cさんに誘われるのも、スリリングで面白かったな、
と思いました。

心を波立たせることのない、平坦な日々が帰ってきました。
波乱は、次の腎炎の定期検診の日まで訪れませんでした。

その日、わたしは制服を着て、朝から病院行きのバスに乗りました。
制服を着ていたのは、午後から登校するためです。

診察の時間は5分ほどですが、その前に3時間ほど待たされます。
暇つぶしのための文庫本が鞄に入っていますが、
揺れるバスの中では読めません。酔ってしまいます。

窓の外を流れる街並みをぼんやり眺め、バスを降りました。
病院の玄関の手前まで来て、わたしは立ち止まりました。
向こうから来た女の人が、目の前で止まってわたしの顔を見たからです。

「あなた……○○ちゃん?」

女の人の顔を見ても、名前を思い出せませんでした。
でも、女の人が誰だかはわかりました。


残り127文字