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「お前……きっついなぁ……」
cさんがたまりかねたように、声をあげました。
「ごめんなさい。嘘を言っても仕方がありませんから。
脅しつけるような態度を改めたら、モテるようになると思います」
「脅しつける?」
「目を細めて、睨むような目つきのことです」
「これは……目が悪いせいだ」
cさんは、ポケットから眼鏡ケースを取り出して、眼鏡をかけました。
縁無しの眼鏡をかけると、別人のように見えました。
「そのほうが……真面目そうですし、可愛いです」
「バカヤロ。みんなそう言うから眼鏡しねぇんだ。笑うな」
cさんはすぐに眼鏡を外しました。
「わたし、笑ってません」
cさんの視線を追うと、Uが必死に笑いをこらえていました。
「U、笑うのは悪いよ」
「くくく……アンタの口のほうがよっぽど悪いで」
「そう? でも、どうしてコンタクトにしないんですか?」
「……目の中に入れるなんて気持ち悪いじゃねぇか」
「眼鏡もコンタクトもしないでいると、もっと悪くなりますよ?」
「わかったわかった……もういい」
cさんはわたしを無視して、パフェの残りを口に運びはじめました。
しばらくのあいだ、無言の時が流れました。
わたしがパフェの一番底をすくっていると、cさんが口を開きました。
「本ばっかり読んでるって聞いたけど、お前はコンタクトしてるのか?」
「両目とも2.0です。本は関係ないと思います」
「そうだな……俺はマンガしか読まないのに目が悪くなった」
「マンガならわたしも読みます。『セーラームーン』はご存じですか?」
「いや……そういうのは読んでない。アニメでやってるヤツか?」
「アニメは観ないので、よく知りません。
『セーラームーン』は有名なので、ご存じだと思ったんですけど。
ホントに好きなのは、伸たまきの『パーム』シリーズです」
「ぜんぜん知らねぇ……」
「少女漫画っぽくないですから、男の人が読んでも面白いと思います。
主人公のジェームス・ブライアンは巨大シンジケートのボスの甥で、
少年刑務所を出所して、私立探偵の助手になります。
すごくクールで格好良いんです……」
cさんはわたしの話を聞いているのかいないのか、よくわかりませんでした。
4人ともパフェを食べ終えると、cさんはいきなり席を立ちました。
「俺、帰るわ」
「そうですか。パフェは美味しかったですか?」
「美味かった。この後どっかに誘おうと思ってたんだけどな。
俺じゃ駄目みたいだ」
「どういう意味ですか?」
「お前のこと面白いと思ったんだけどな……なんつーか世界が違う。
俺じゃ無理だ」
cさんはなぜか、苦笑していました。
「これ、俺の分」
cさんはテーブルに、お札を置きました。
「今日はわたしのおごりですよ?」
「男に恥かかせんなよ。最初からおごらせる気なかったし」
「あの……それだと足りないんですけど」
「なに?」
わたしが金額を言うと、cさんはお金を足しました。
「最後までキマらねぇな……」
cさんが立ち去って、わたしとUとYさんが残されました。
「先輩、案外あっさり引き下がったやん」
「そうだな……緊張したよ」
Yさんはホッとしたのか、だらしない顔になっていました。
「U、これからどうするの?」
「せっかくやから、このへんぶらぶらするわ。
アンタもいっしょに来るやろ?」
「わたしはもう帰る。少し疲れちゃった。3人乗りはやっぱり恐いし。
2人でゆっくりしていって」
わたしはVへのお土産のアップルパイを買って、書店に寄ってから、
1人でバス停に向かいました。
考えてみると、cさんに誘われるのも、スリリングで面白かったな、
と思いました。
心を波立たせることのない、平坦な日々が帰ってきました。
波乱は、次の腎炎の定期検診の日まで訪れませんでした。
その日、わたしは制服を着て、朝から病院行きのバスに乗りました。
制服を着ていたのは、午後から登校するためです。
診察の時間は5分ほどですが、その前に3時間ほど待たされます。
暇つぶしのための文庫本が鞄に入っていますが、
揺れるバスの中では読めません。酔ってしまいます。
窓の外を流れる街並みをぼんやり眺め、バスを降りました。
病院の玄関の手前まで来て、わたしは立ち止まりました。
向こうから来た女の人が、目の前で止まってわたしの顔を見たからです。
「あなた……○○ちゃん?」
女の人の顔を見ても、名前を思い出せませんでした。
でも、女の人が誰だかはわかりました。