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「……お兄ちゃんの夢、見た……」
「……?」
「……会いたかった……」
「お前、寝ぼけてるのか?」
突然、指で頬をぎゅっ、とつままれました。
夢ではありませんでした。
すぐ目の前に、わたしの顔を覗き込む、お兄ちゃんの顔がありました。
「……!」
わたしは、もう5日もお風呂に入っていない事を思い出し、
バッと毛布をかぶって、丸くなりました。
「おいおい、○○。
せっかくお見舞いに来たのに、顔も見せてくれないのか?
もう悪戯しないから、出てきてくれよ」
「……わたし、お風呂に入ってないから臭い」
「そんなこと無いって。
さっき、寝ているあいだに嗅いでみたけど、
いい匂いだったぞ」
「えっ!」
わたしは毛布から、勢いよく顔を出しました。
「うっそ。んなことしてないって。
でも、ホントに臭くないぞ」
お兄ちゃんは匂いを嗅ぎながら、にやにやしました。
「もう! 嘘つき!」
「ごめんごめん。
でも、元気そうで良かった。
もっとげっそりした顔になってるかと思って、心配してた」
「あ、心配かけて、ごめんなさい……。
でも、お兄ちゃん、どうしてわかったの?」
現実だとわかっても、お兄ちゃんがここに居ることが不思議でした。
お兄ちゃんは真剣な顔で、答えました。
「そりゃアレさ。超能力だ。
○○が淋しがってるのがわかったからな。
飛んできたんだ」
「えええ! 本当!?」
「くくくくく。
お前なぁ……信じるなよ、頼むから」
お兄ちゃんはとうとう、お腹を抱えて笑い出しました。
わたしが憮然としているのに、ひーひー言って涙を拭いています。
わたしがそっぽを向くと、まだ笑いの残った声で言いました。
「ごめん……でも、普通信じる奴いないぞ、あんなこと。
実はな、お前の担任の先生に聞いたんだ」
「先生が?」
どうしてここで担任の先生が出てくるのか、想像できませんでした。
「お前、運動会の手紙くれただろ。
最後に、声を聞きたいって書いてあったから、
もっと詳しく運動会の様子を聞こうと思ってな、
家に電話したんだ」
「家に?」
お兄ちゃんが出て行ってから、家に電話してきたのは初めてでした。
「ああ、でも、電話しても、誰も出ない。
お前が居るはずの時間なのに。
夜中に電話しても誰も出ない。
これはおかしい、と思って、
次の日の昼、お前の学校に電話してみたんだ。
そしたらお前の担任の先生が、
お前が入院したって言うじゃないか、もうびっくりしたよ。
で、飛んできたってわけだ」
「でもお兄ちゃん、学校はどうしたの?
今日は休みじゃないでしょ?」
「ん? もちろん欠席さ。ちゃんと届は出した。
妹が倒れたって言ってな。ウソじゃないし。
F兄ちゃんに話したら、すぐにお金出してくれたよ。
お前あてのお見舞いも、預かってきた」
お兄ちゃんは足許から、包みを2つ持ち上げました。
リボンの掛かった四角い箱と、果物を詰め合わた籠でした。
「その箱、なに?」
「ナッツとフルーツのたっぷり入ったケーキさ。
高級品だから美味しいぞ。切ってやろうか?」
「……ありがとう。
でも、O先生が、まだリンゴと氷砂糖しか、食べちゃいけないって」
「そっか……。
じゃ、リンゴを剥いてやろう」
お兄ちゃんは、果物籠から大きなリンゴをひとつ取り、
ポケットから折り畳みナイフを取り出しました。