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呼び出された先は、このあいだのファミリーレストランでした。
中に入って席を見回すと、お兄さんの顔が見えました。
お兄さんはわたしに気が付いて、手招きしました。
「こんばんは」
「いらっしゃい。座って何か注文して」
わたしはチョコレートパフェを注文しました。
テーブルの上には、すでにクローズアップ写真が並べられていました。
「これは……どうやって撮ったんですか?」
「望遠レンズだから、気が付かなかっただろ?」
「はい」
自分でも気づかなかった、嬉しそうな顔、寂しげな顔が切り取られていました。
「ありがとうございます」
「お礼は良いよ。僕も、上手く撮れて満足したから。
気に入ったのがあったら、大きく引き伸ばしてあげようか?」
「要りません……アルバムに貼れませんから」
「そ、そう……それでね、ちょっと相談があるんだけど」
「……? また、Uのことですか?」
「いや、そうじゃなくて、今日は君のこと」
「わたしの……?」
「もうわかってると思うけど、僕はカメラが趣味なんだ。
君に、写真のモデルになってもらえないかな、って」
「…………」
まったく予想外の申し出でした。
Vなら発育も良く、かなりの美少女でしたから、納得できたでしょうけど、
わたしみたいなお子さまをモデルにしても、意味がないと思いました。
わたしが半信半疑で、お兄さんの顔を見返していると、
お兄さんの落ち着きが無くなってきました。
「あ、もちろん、裸とか、変な写真を撮るわけじゃない。
ちゃんと衣装を着た写真だよ?」
「モデルなら、VやUのほうが良いんじゃないですか?
Uになら、いつでも頼めるし」
「……Uはダメだよ。僕の趣味が気に入らないみたいだし」
お兄さんは意気消沈しました。
「Vさんにも、頼むことは頼んでみたんだけど……話が噛み合わなくてね」
そういうことだったのか、とわたしは内心うなずきました。
「つまり、わたしはUとVの補欠、なんですね?」
「あ! いや、全然そうじゃない!」
「……?」
また、疑問が振り出しに戻りました。
お兄さんが、身を乗り出してきました。
「君が、僕のイメージにぴったりなんだ。
Vさんは、君を誘うのに1人だけ誘わないのはまずいかな、
と思って誘ってみたけど、なんていうか……その……ユニークな子だね」
「はい」
「衣装をこっちで用意する、って言ったら、大喜びしてね……。
お姫様が着るような本物のドレスを想像したみたいだ。
それはちょっと……僕には無理だし」
「なるほど」
Vなら、大いにありそうな話だと思いました。
「君に着てもらいたい衣装というのは、これなんだけど……」
お兄さんが、1枚の写真を取り出しました。
見ると、肉付きの良いお姉さんが、奇妙な服を着ていました。
「どう思う?」
「変な服ですね」
「……そ、そう? 君、アニメとか観る?」
「テレビはあまり見ません」
「それじゃ、知らなくても無理ないか……。
コスプレとか、コミケとか知ってる?」
「コミケ、は聞いたことあります。
すごく大勢の人が集まるお祭りだって」
「ま……そんなもんかな。
コミケでは、自分の好きなアニメのキャラの格好をして楽しんだりするんだ。
それがコスプレ。コスプレをするためにコミケに行く人もいるぐらいだ」
「お兄さんも?」
「いや、僕は自分ではコスプレしないよ。カメラでコスプレを撮るほう」
話の脈絡が、なかなか見えてきません。
「……つまり、わたしがコスプレをして、お兄さんが写真を撮る……?」
「そうそう! 話が早い。
君がうんと言ってくれたら、交通費も衣装代も食事代も全部僕が持つよ。
僕が責任を持って、コミケまでエスコートする」
「…………」
なんだか、話がうますぎるような気がしました。
費用を負担して、わたしの写真を撮って、お兄さんに何の得があるのでしょう?
「……コミケって、すごくたくさん人が来ますね?」
「うん。20万人以上かな」
想像しただけで酔いそうでした。
「わたし、人混みは苦手です」
「あ……! それなら、2人だけで、写真撮るだけでも良いから。
良い記念になるよ」
「記念……」
珍しい記念写真を送れば、お兄ちゃんが喜ぶかな、と思いました。