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わたしの意外な写真を受け取って、驚くお兄ちゃんの顔を想像すると、
わたしの顔は緩んできました。
「ねっ、そうしなよ」
「……」
でも、写真を見たお兄ちゃんの顔が喜びに変わるどうか、想像ができません。
「しばらく、考えさせてください」
「あ……そう。いいよいいよ。
ゆっくり考えるといい。
ただ、この話はUにはナイショだよ」
「……Uは友達ですから、隠し事はしたくないです」
「Uにばれたら殺されちゃうよ〜。お願いっ」
悪いことをするわけでもないのに、Uはそんなに怒るのだろうか、
と思いましたが、手を合わせるお兄さんが殴られるのは可哀想でした。
「わかりました」
もうすっかり暗くなっていたので、お兄さんに家まで送ってもらいました。
帰ってから、お兄ちゃんへ送る遊園地の写真に添える手紙をしたためました。
Uのお兄さんが記念写真を撮ってくれる、という話をその中に書き、
電話がほしい、と追記しました。
数日経った夜、お兄ちゃんから電話が掛かってきました。
「○○、また手紙届いたよ」
思わず声が浮き立ちました。
「お兄ちゃん、写真見た?」
「ああ、すごく綺麗に撮れてた。
お前が俺の居ない所で笑ってるなんて、初めて見たよ。
でも……なんだか寂しそうな顔もあったな」
お兄ちゃんの声は、探るような響きがありました。
「……きっとその時、お兄ちゃんを思い出してた。
Yさん、とっても写真が上手いの。知らないうちに撮られてた」
「ん……そうか……。
ところで、手紙に書いてあった『記念写真』ってなんのことだ?」
「Yさんがわたしをモデルにして、写真を撮りたいって」
「なに!?」
お兄ちゃんの声が高くなりました。
「そんなにびっくりしないで、良いよ。裸とかじゃないから」
「当たり前だ。どういう写真なんだ?」
「お兄ちゃん、コスプレって知ってる?」
返事がありません。
「アニメの衣装を着て、コミケに行くことみたい。
必要なお金は全部出してくれるって」
「衣装って……」
「うーん。わたしアニメ観ないから、よくわからないんだけど、
薄い水色の振り袖みたいな着物。
裾がミニになってるのが不思議だけど、涼しそう」
「……それでお前まさか、うんって返事したのか?」
「まだ。お兄ちゃんの希望を聞いてないから」
「希望って……お前、俺が喜ぶと思ってるのか?
お前が着せ替え人形みたいにされて、嬉しいわけないだろ?」
お兄ちゃんの怪訝そうな声を聞いて、わたしはあれ?と思いました。
「お兄ちゃんも春休み、わたしに新品の体操服や制服着せて、
記念写真撮ったでしょ? あれとは違うの?」
「ん……えーと……あれは家族だから良いんだ。
知らない人に撮らせるもんじゃない」
「YさんはUのお兄さんだから、知ってる」
「そういうことじゃなくて! いいか、絶対ダメだぞ。
記念写真なら夏休みに帰った時にいくらでも撮ってやるから、
Yさんにははっきり断れ」
お兄ちゃんの声は、はっきり怒っているようでした。
喜ばせるために記念写真を撮ってもらおうと思ったのに、
怒らせたのでは元も子もありません。
「お兄ちゃん、怒ってる?」
「いや……別にお前に怒っちゃいないさ」
「そう……じゃあ、断る。でも……」
「どうした?」
「遊園地やレストランでおごってもらったから、気が引ける。
次はわたしがおごったほうが、良い?」
「向こうが勝手にお前にお金を出させなかったんだろ?」
「うん」
「だったら気にすんな。男はおごりたがるんだ。
断りにくいんだったら、俺が代わりに電話してやる。
Uちゃんの家の電話番号教えてくれ」
お兄ちゃんの不機嫌な声を聞いていると、電話させないほうが良い、
と思いました。
「お兄ちゃん、わたしも中学生になった。
子供じゃないから、自分で断れる」
「……そうか?」
「うん」