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連載の続きを思い出すと、気持ちが沈んでしまうので、気分転換に、
連載と関係ないお兄ちゃんとの思い出を、番外編として書いてみます。
記憶がかなり断片的なので、会話の内容はその通りではないと思います。

わたしがまだ、小学校3年生ぐらいの頃だったと思います。はっきりした
年月は覚えていません。

わたしが学校から帰る道すがら、アパートの建て込んだ細い道を通った時、
軒下に見慣れない白い小さなモノが、落ちているのを見つけました。

しゃがんでよく見ると、まだ毛の生えそろっていない、雀の雛でした。
雛は目を閉じていましたが、触ってみるとまだ温かく、息があるようでした。
わたしはその雛をハンカチにくるんで、両手で捧げ持ちながら家に帰りました。

やがて、部活を終えたお兄ちゃんが帰って来ました。

「お兄ちゃん、見て」

「ん? どうしたんだ? それ」

「帰りに拾って来たの。……このヒナ、死んじゃう?」

お兄ちゃんは難しい顔をしました。

「……やってみるけど、たぶん、無理だと思う」

お兄ちゃんが冷蔵庫から牛乳を持ってきて、指先に付けて吸わせようと
しましたが、雛は飲んでくれません。

「寒くて弱ってるのかもしれない」

「じゃあ、わたしが抱いて寝る」

「お前が寝返り打ったら、潰れて死んじゃうぞ?」

「じゃあ、手で持って、起きてる」

「……お前がそうしたいんなら、そうしろ」

お兄ちゃんはきっと、この時すでに、雛が助からない事を知っていたのだと
思います。

わたしは夜になると、ベッドの上に胡座をかいて、ハンカチでくるんだ雛を、
股のあいだに抱えました。

夜が更けると、眠くなって来ました。
わたしは目を開けていようと努力しましたが、
こっくりこっくりしているうちに、いつの間にか眠りに落ちていました。

朝の光で目が覚めました。
わたしはハッとして、お腹の下で雛が潰されていないか手探りしました。
手を突いて上体を起こしてきょろきょろすると、
少し離れた掛け布団の端に、ハンカチのピンク色が見えました。

わたしがこわごわハンカチを開いてみると、その中で雛が、
冷たくなっていました。
冷たい雛を両手で温めながら、わたしは泣きました。

朝食の時間になってもわたしが下りてこないので、お兄ちゃんが起こしに来ました。

「お兄ちゃん……雛、死んじゃった」

お兄ちゃんは、小さな声で、「そうか」と言いました。

「もう着替えないと、学校に遅れるぞ。
 帰ってきたら、一緒にお墓を作ろう」

「お墓?」

「ああ、死んだらお墓を作って、その下に埋めるんだ。
 そうしないと、可哀相だろ」

「お墓を作ったら、可哀相じゃなくなる?」

「ああ、雛もきっと喜ぶ」

その日は学校で、ずっと死んだ雛の事を考えました。
まだわたしには、死というモノが、よく分かっていませんでした。

死んだら何処に行くのだろう?
死んだらどうなってしまうのだろう?

考えている内に、だんだん怖くなって来ました。
わたしもいつか、死ぬかもしれない。
交通事故で若くして死んだ、叔父さんのお葬式を思い出しました。
人はいつか死ぬ。事故で死ぬ。歳を取って死ぬ。

学校から帰ると、お兄ちゃんも早く帰って来ました。
お兄ちゃんと二人で、近くの公園の雑木林に歩いて行きました。

木の根本に、お兄ちゃんがスプーンで穴を掘りました。
わたしは促されて、穴の中にハンカチで包んだ雛の死骸を納めました。
穴の上から土を掛け、握り拳ぐらいの大きさの、綺麗な石を載せました。

「手を合わせて、雛が天国に行けるように、目をつぶってお祈りするんだ」

言われるままに手を合わせ、目をつぶってわたしは祈りました。
目を閉じると、その暗闇が死を連想させました。
わたしは不意に、お兄ちゃんに尋ねました。

「お兄ちゃん、わたしも死んじゃうの?
 ねえ、わたしもいつか死ぬの?」

わたしは、お兄ちゃんの腰に取りすがって泣きました。
お兄ちゃんの手のひらが、わたしの頭を撫でました。

「……人間は誰だっていつか死ぬ。
 でも、生きているあいだはお兄ちゃんも一緒だ。怖くないだろ?」

「うん」

思えば、お兄ちゃんもまだ、死を理解していなかったのかもしれません。
でも、お兄ちゃんの優しさが、わたしから死の恐怖を祓ってくれました。
わたしはこの時、お兄ちゃんの魔法に掛かったのかもしれません。

(番外編終わり)


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