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玄関口でVがわたしを紹介すると、W先生は喜んで歓迎します、と言いました。
牧師様というよりも、学校の先生のように見えました。
名前と住所をノートに記帳し、新約聖書と賛美歌集を借りて、
端のほうの堅い木の長椅子に、3人並んで座りました。
説教を聞いているのは、お年寄りが多く、中学生はわたしたち3人だけでした。
説教が始まる前に、W先生がわたしを立たせ、みんなに紹介しました。
わたしは黙ってお辞儀しました。
W先生の説教は、例え話を交えたわかりやすいものでした。
学校の授業と違って、退屈ではありませんでした。
賛美歌の時間になると、高校生らしいお兄さんが、オルガンを弾きました。
わたしは賛美歌集を見ながら、口だけを動かしました。
最後に一同が「アーメン」と唱えましたが、わたしは黙っていました。
信じてもいない神様に、同意の言葉を述べることはできなかったからです。
礼拝が終わると、黒い献金袋が回ってきました。
少し考えましたが、場所代と言うことで、百円玉を入れました。
日曜学校が始まるまで、まだ少し時間がありました。
Vはわたしたちを、祭壇の横のオルガンの側に連れて行きました。
「おにーちゃん、こんにちはー」
「こんにちは、Vちゃん。今日はおしゃれだね。
新しいお友達を連れて来たんだ?」
「○○ちゃん、この人がいつもオルガン弾いてくれるXさんだよー。
おにーちゃん、って呼んでるんだー」
オルガン弾きのお兄さんが、立ち上がりました。
長身で、お兄ちゃんより背が高そうでした。
「こんにちは、お兄さん。わたしは××○○と申します。
よろしくお願いします」
「こんにちは。緊張しなくて良いよ。まだ時間があるんだったら、
一曲弾いてあげよう」
Xさんは座り直して、賛美歌よりも激しい曲を弾き始めました。
長い指が、白い鍵盤の上を踊るようでした。
わたしは立ったまま聴いていて、体の芯がじーんと痺れるようでした。
演奏が終わって、3人でぱちぱちと手を叩きました。
そっとVの横顔を盗み見ると、すっかりふにゃふにゃでした。
どうやら、Vには感情を隠す習慣が無いようです。
そんなVの素直さが、少し妬けました。
日曜学校は、教会の2階で開かれます。
階段を上りながら、Uがわたしに耳打ちしてきました。
「あの兄ちゃんのこと、どない思う?」
「オルガンが上手いね」
「それだけかい。格好良いと思うか?」
「お兄ちゃんのほうが格好良い」
「……わかったわかった。
見てたらわかるやろけど、Vはあの兄ちゃんにラブや。
せやけどわたしはなんや知らんけど気に入らん。
アンタも気ぃつけたほうがエエで」
「?……わかった」
Vの気持ちがお兄さんに向いていることを、Uも妬いているのだろうか、
と思いました。
日曜学校の教室は、普通の殺風景なカーペット敷きの部屋でした。
部屋の隅に、おもちゃの入った箱が置いてあるだけです。
Vが先に入っていくと、待っていた小さな子供たちが出迎えました。
Vは子供たちのアイドルのようでした。
続いてわたしが入ると、子供たちの視線が集中しました。
わたしは子供たちにどう接して良いかわからず、ただ視線を返しました。
すると、子供たちはみんな、Vの後ろに隠れてしまいました。
「○○……最初っから子供らをビビらせてどないすんねん?
肩の力を抜かんかい」
Uにそう言われて、すぐに実行できれば苦労はしません。
わたしはとりあえず、部屋の隅でVと子供たちを見守ることにしました。
見ていると、Vは楽しそうに子供たちと遊び始めました。
学校では子供っぽいVも、ここでは先生として立派に見えました。
「なぁ○○。あんまり気にせんでエエで。
Vは動物や子供に好かれるねん。似たもの同士やからな」
集団の中で子供らしい遊びをしたことのないわたしは、
あやとりやお手玉の仕方も知りませんでした。
後で子供たちと一緒に、Vに教えてもらうようになるまでは。
実は今でも、口笛を吹くことができません。
日曜学校の時間が終わると、Uの家に一度集まることになりました。
Uのお兄さんは、家で待っているそうです。
教会の外に出ると、Xさんが塀にもたれて待っていました。
「Vちゃん、たまには送るよ」
Vが歓声を上げてXさんの腕にしがみついたので、わたしはビックリしました。