19:


次の日の朝。
食卓に着いて、少し薄味のおみそ汁を飲みながら、考えました。
お兄ちゃんはいつも、わたしの朝ご飯と晩ご飯を作ってくれる。
たまに気まぐれのようにお母さんが作るご飯より、ずっと美味しい。
でも、そのせいで、お兄ちゃんには遊ぶ暇も無いんじゃないだろうか。

「お兄ちゃん、今日は早く帰って来る?」

「ん、今日は文化祭の打ち合わせがあるからな、
 ちょっと遅くなるかもしれん。
 どうしたんだ?」

「いい。遅くなっても待ってるから」

晩ご飯は、自分で作ってお兄ちゃんを驚かせよう、と決めました。
わたしの作った料理を食べて喜ぶ、お兄ちゃんの笑顔を想像すると、笑みが零れました。
お兄ちゃんはわたしの笑みの訳が解らず、首を傾げていました。

その日学校で何があったのか、全く覚えていません。
放課後になると脇目も振らず、急いで家に帰りました。

服が汚れないように、いつもお兄ちゃんがしているエプロンを身に着けます。
冷蔵庫を開けると、卵、お肉、人参、ピーマン、玉葱がありました。
今日のメニューはたぶん、炒飯でしょう。
お兄ちゃんの作る炒飯には、いつもほわほわした小さな卵焼きが入っていましたが、
それをどうやって作るのか見当が付かなかったので、卵は使わない事にしました。

包丁とまな板を出して、真剣に肉と野菜を切ります。
包丁が滑って怖いので、手を刃のそばに添える事が出来ず、
肉は切れ端の一つ一つが大きい上に、不揃いになってしまいました。

人参の皮が硬くて、上手く剥けません。
手を切りそうになったので、剥くのを諦めて、金たわしで削り取りました。
切った人参も、大きさが不揃いです。

いつもなら料理が出来ているはずの時間を掛けても、
まだ準備さえ終わらないので、段々と心細くなってきました。

ピーマンはまだ楽でしたが、玉葱を切るのは、人参よりもっと大変でした。
汁で刃が滑る上に、溢れる涙で手許が全く見えません。
出来る限り小さく切り終えた後、顔を洗いました。

お兄ちゃんが炒飯を作るとき、
大きな黒い柄付き中華鍋を、片手で振るっていたのを思い出し、
鍋置きからガステーブルに載せようとして、あまりの重さに驚きました。

火を着けて油を入れ、肉と野菜を鍋に入れました。
木のへらで掻き混ぜながら炒めます。
ご飯を加え、塩と胡椒とお醤油を適当に振りかけます。

木のへらで混ぜようとしましたが、なかなか上手くいきません。
ご飯が塊になってしまいます。
お兄ちゃんがやっていたように、鍋を持ち上げようとしましたが、
重すぎて両手を使っても持ち上げられません。

木のへらでこねくり回していると、ご飯がべたべたして来ました。
底の方が鍋とくっついて来て、焦げ臭い匂いが漂いました。
慌てて火を止めましたが、底が完全に焦げていました。

大きなお皿に、鍋の中身を移しました。
お兄ちゃんが作ってくれる炒飯とは、似ても似つきません。
ゴミの日に透明のビニール袋に入れて捨ててあった、残飯のようでした。

試しに一口食べてみました。
塩辛さと焦げ臭さい苦みが口一杯に広がって、思わずシンクに戻してしまいました。
惨めでした。
こんなモノを、お兄ちゃんに見られる訳にはいかない、と思いました。

証拠を隠滅する為に、ガスレンジの周りに飛び散った、ご飯粒や具を台布巾で拭きました。
しかし、中華鍋の底にこびり付いた焦げは、束子で擦っても取れません。

一心にごしごし擦っていると、玄関で物音がしました。
ハッとすると、お兄ちゃんの「ただいまー」という声がしました。
お皿と鍋をどこかに隠そうと思いましたが、大きすぎて何処にも入りません。

お兄ちゃんが、台所に入ってきました。

「ここにいたのか。
 ん? ○○、料理したのか?」

わたしは下を向いて俯いていました。

「手、切ってないか?」

わたしが両手のひらを広げて見せると、お兄ちゃんが近づいて来ました。

「炒飯か。腹減ったから、早いけど晩飯にするか」

「……駄目。失敗しちゃったから、食べられない」

わたしは泣いてはいけないと思って、涙がこぼれないように、
目を一杯に見開きました。

「折角作ったのに勿体ないだろ。
 ○○が初めて自分で料理したんだから」

お兄ちゃんは鍋が焦げ付いているのに目を向けると、
鍋に少しお湯を入れ、火に掛けました。
煮立ってから、お兄ちゃんがシンクで鍋を束子で擦ると、あっさり焦げは取れました。


残り127文字