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休みの日の昼過ぎでした。お兄ちゃんはバイトに行っています。
お兄ちゃんの部屋のドアをノックして、少し待ってから開けてみると、
gさんはお兄ちゃんのベッドでまだ寝ていました。
ちくり、と胸に痛みが走りました。
わたしも寝たことのあるこのベッドの上で、
お兄ちゃんとgさんがセックスしている想像図が、一瞬浮かびました。
「義姉さん」
「ん、ふ……」
まだ寝惚けているようでした。
gさんがひどい低血圧で、朝に弱いということは知っていました。
もともと内臓が弱く、入院した時の後遺症もあったのでしょう。
昼過ぎまで寝ていても、不思議には思いませんでした。
gさんがわたしに気づいて、ぼうっとした顔を向けました。
「おはようございます。
散歩に行くんですけど、いっしょにいかがですか」
「……うん」
意外にも、あっさりOKでした。
断られるかもしれない、と思っていました。
わたしは自分の部屋に戻って、着替えの服を取ってきました。
外は肌寒いのに、gさんはあまり服を持ってきていなかったのです。
「どこに行くの?」
寝起きだけあって、話が通じていなかったようです。
「お散歩です。ついでにお買い物してもいいですけど。
この辺りのお店の場所も、知っておいたほうがいいですよね?」
「そうだね……先にシャワー浴びてくる」
玄関で待っていると、gさんがお風呂場から出てきました。
少し薄い色の髪が濡れています。
クリーム色のカーディガンがよく似合っていました。
お化粧はしていないはずなのに、桜色の唇が艶めいています。
病院で寝ているgさんを見た時は、自分とよく似ていると思いました。
目を開いて動いているgさんは、髪型や顔立ちや背格好は似ていても、
わたしとはまるで別人でした。
肩を並べて、家の近所の道を、ゆっくりと歩きました。
どんな話をどうやってしたらいいのでしょう?
gさんがなにを考えているのか、見当も付きません。
ちらりと横目で見ると、猫のようにしなやかに歩くgさんが、
どこか人間ばなれした存在に見えました。
「わたしの顔が珍しい?」
不意に話しかけられて、ギクリとしました。
「髪の色も目の色も薄いもんね。変わってるでしょ?」
明るい瞳が冬の日射しを浴びて、くるくると動きました。
「いえ……そういうわけでは」
「気にしなくていいよ。慣れてるし。
生まれつきなにか欠けてるみたいなんだ、わたしの体は。
だからあっちこっちが時々ポンコツになる。
○○ちゃんはいいね。
他人じゃないみたいな顔をしているのに、髪も目も黒くて」
こんなに綺麗な自分の瞳が嫌なのか……と意外でした。
「そんな……。わたしも体は弱いです。
義姉さんのほうが、ずっと素敵です」
「自分に似た顔の人から言われても、自慢みたいだよ」
gさんはうっすら笑いました。
「それに、優しいお兄ちゃんがいるのも羨ましい」
「え?」
「○○ちゃん、お兄ちゃんのこと、好きでしょ?」
ずばりと言われて、恋心を見抜かれていたのかと、慄然としました。
「○○ちゃん、△△クンを見る目が優しいもん。
小さい時からずっと可愛がられてたんでしょう?」
思い過ごしだったらしい、とホッとしました。
「……はい」
「わたしも、あんなお兄ちゃんがいたらなあ……」
そのお兄ちゃんを恋人にしているgさんにしては、
ずいぶん贅沢な言い草だと思いました。
「○○ちゃんは、わたしのこと嫌いよね?」
「ええ? いえっ、そんなことは」
「わたしが邪魔じゃないの?」
「邪魔だなんて……兄が選んだ人なら、それが一番だと思います」
「やっぱり、お兄ちゃんが中心なんだね」
嘲笑されているのかどうか、微妙でした。
もしかしたら、意地悪をされているのだろうか、と思案しました。