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「用意してない……喧嘩になるとは思わなかったし」

「ほんなら、どないするつもりやったんや?」

Uは最後の手段の見当がつかない様子で、首をかしげました。

「部屋の隅の消火器を引き寄せる。
 それを窓に叩き込む。
 ガラスの割れる音と防犯ベルで、旅館中が大騒ぎになる。
 喧嘩どころじゃなくなるでしょ?」

3人とも窓際に座っていたので、廊下へ脱出するのは難しかったのです。
火災報知器のボタンを押すほうが穏便でしたが、
あいにく近くには、使えそうな物は消火器しかありませんでした。

返事がないので見回すと、UもVも口をあんぐりしていました。
Uが首を振りながら言いました。

「……アンタ……怖いコト考えるなぁ。
 そんなことしたら、ただじゃすまへんで?」

「だいじょうぶ。
 大勢に囲まれて、恐怖に錯乱して窓から逃げようとした、
 と言えば、情状酌量される、と思う。
 ひとつ問題があるとすると、
 そんなことすれば、林間学校の伝説になることかな……?」

「…………ハァ。
 椅子は投げるし消火器は投げるし、
 アンタ、ホンマに怖ろしいやっちゃで……」

「消火器は投げてない」

「投げるつもりやったんやろ!」

「Uが事を荒立てなければ、喧嘩にはならなかったよ?」

「……っ! アンタのためやろ!」

「わたしのために怒ってくれたのは嬉しい。
 でも、勝つためには場所を選ばなくちゃ。
 わたしは仕方ないけど、関係ないVまで巻き込んで、
 Uは守れるの?」

「うーーん……」

「こんなことで、わたしたちが喧嘩しても、意味無いよ。
 言い合いはお終いにしましょ。
 でも……この事が尾を引かなければ良いけど……」

このままaさんたちのグループが、黙っているとは思えませんでした。
ところが、部屋に戻ってみると、aさんたちはツンとしているだけで、
手出しをしてきませんでした。

後でわかったことですが、主流派だったaさんたちのグループには、
思ったよりも人望がなかったようです。

非主流派は、aさんが凹まされた事に溜飲を下げたそうです。
Uのはったりに呑まれたaさんの権威は、失墜しました。

この事件の後、口八丁手八丁のUを中心とするわたしたち3人に、
表だって干渉してくる派閥は無くなりました。
クラス内独立国として、自由を満喫できるようになったのです。

林間学校が終わってから、Uが得意そうに言いました。

「どや、喧嘩して正解やったやろ?」

「こうなるって、予想してた? ……してないでしょ」

「……う……終わりよければすべて良し、や」

「今度だけはね」

わたしは微笑んで、UとVの手を取りました。
ふだんから肉体的接触を嫌うUがびくりとしましたが、
手は引っ込められませんでした。

「よかった」

「よかったー」

Vもホッとしているようでした。
小学校の頃に、いじめられていた記憶が蘇ったのかもしれません。

「でも……ひとつだけ、気になることがある」

「なんや?」

「b君がわたしに告白するつもりだ、ってaさんが言ってたでしょ?
 あれ、本当かなあ?」

「うーん? わたしも男子の噂はようワカランわ。
 正直言うて、アンタとb君じゃ全然性格あわんと思うし。
 口利いたことも無いんやろ?」

「うん。たぶん……話してても覚えてない」

Uが苦笑しました。

「アンタなぁ……男子の名前ぐらい覚えたりぃや。
 まぁ、見た目は割とイケてるんとちゃう? b君」

「そう? ……お兄ちゃんとは似てないけど」

「○○ちゃんのお兄さん、カッコイイもんねー?」

「兄ちゃんと似てるかどうかは関係ないやろ?
 兄ちゃん以外の男はみんなカボチャかい!」

実際、お兄ちゃん以外の男は、畑の野菜のようなものでした。

「うん……」

数日後わたしは、b君に声を掛けられて、倉庫裏に呼び出されました。


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