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クリスマスイブの一日は、厚い雲の隙間から射す一条の光でした。
この日を過ぎると、しだいにわたしの体調は悪化していきました。
泥の中を這いずっているように体が重いのです。

この時期に再び入院することにでもなったら、
高校の入試に間に合わないかもしれません。
わたしは最小限ぎりぎりまで活動レベルを落としました。

半ば微睡まどろんだような意識の中、気が付いたら大晦日です。
U、V、hさんと四人で、この日の深夜に初詣に行く約束をしていました。
夕方まで、わたしはじっと息をひそめて体力の回復を待ちました。
でも……治りません。

わたしは仕方なく、三人に電話をかけました。
電話機のある階下に降りるだけで、恐ろしいほどの気力が必要でした。
受話器を持ち上げる時には、もう眩暈がして息が切れていました。

Uに行けない旨を伝えると、Vとhさんを誘って見舞いに行くと言われました。
わたしを置いて初詣に行ってほしいと頼んでも、聞き入れてくれません。
疲れきっていたわたしは、後の始末をUに任せてベッドに入ることにしました。

うつらうつらしているうちに、かなり時間が経っていたのでしょう。
玄関からチャイムの音が聞こえてきました。
鍵を開けると、晴れ着姿のUとVが入ってきました。

「○○、だいじょうぶか? 顔色悪いで。家の人はだれもおらへんのか?」

「……どこかに出かけたみたい」

「○○ちゃん、ご飯食べたー? なにか作ってあげるねー」

「あんまり食欲がないの」

ふと、hさんの姿が見えないことに気が付きました。

「あれ、hさんは?」

Uが頭をかきました。

「hさんとは行き違いになってしもたんや」

hさんは約束の時間より早めに家を出ていたのです。

「大変! hさんは待ち合わせ場所で待ってるんじゃない?」

「そうやな。わたしも気になったんやけど、アンタのことが心配でな……。
 今から行って呼んでくるわ。V、後は頼んだで」

「合点承知だよー」

「外は寒いのに……」

hさんのことが心配でしたが、今のわたしにはなにもできません。
大人しくベッドで待つしかありませんでした。

しばらくすると、Vが糊状に変質したおかゆを持ってきました。
好意なので食べないわけにはいきません。

「ありがとう、V」

(うっ……まずい……)

Vは明らかに、料理の才能が根本的に欠けているようでした。

電話のベルが鳴りました。Uからです。
Vが代わりに電話を受けに行きました。

「○○ちゃーん、hさんが見つからないんだってー」

戻ってきたVはおろおろと意味もなく部屋を歩き回っています。
どういうわけか、hさんとUはまた行き違いになってしまったようです。

探しあぐねて戻ってきたUは、疲れた顔で頭を下げました。

「ごめん……hさん連れてこられへんかった」

「わたしこそ……ごめんなさい。せっかくの初詣が……」

「病気なんやからしゃあないやん。
 アンタはのんびりして早くようなることだけ考えとき」

「そうだよー。元気が一番だよー?
 明日教会でおもちつきがあるから、つきたてのおもち持ってきてあげるね?」

Vの言葉には脈絡がありませんが、好意だけは一貫しています。
キリスト教会の行事に餅つき大会があるのは不思議ですが、
それも地元に溶け込む努力の一環なのでしょう。

翌日、元旦の午後になって、やっと少し気力が湧いてきたわたしは、
hさんの家に電話を掛けました。

「もしもし……××と申します。**さんのお宅ですか?」

「はい、**です。hのお友達? あけましておめでとう」

「はい、あけましておめでとうございます。
 hさんはいらっしゃいますか?」

「はいはい、ちょっと待っててね」

お母さんらしき人は、hさんを呼びに行き……
やがて戻ってきて、困ったような声でわたしに告げました。

「ごめんなさいね。あの子、気分が悪いと言って布団から出てこないの。
 急な用事だったら伝えておきますけど?」

「あ、いえ、新年の挨拶をしようと思っただけです。
 よろしくお伝えください」

hさんはゆうべ寒い中で待ちぼうけをして風邪でも引いたのだろうか、
と思いました。謝らなければなりません。

けれど、伏せっているというhさんに電話をするのは気が引けました。
わたしも相変わらず体調が思わしくなく、見舞いにも行けません。

そうこうしているうちに、新学期が始まりました。
朝早く、学校の手前の道で、
背中を丸めて歩いているhさんを見つけて声を掛けました。

「hさん、おはよう」

ハッと伸び上がるように立ちすくんで、振り返ったhさん。
その顔を見た瞬間、わたしは衝撃に打ち据えられました。
いっぱいに見開かれたhさんの両の目は、涙に濡れていました。


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