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「いま終わったところです」
「えっ、もう?」
先生は驚いた顔をして、答案用紙を取り上げました。
回答欄はぜんぶ埋まっています。
5教科分を2時間余りで終わらせたので、肩がひどく凝っていました。
先生が黙って答え合わせをしているあいだ、
わたしは目をこすって休んでいました。
「……授業に出ていないのに、どうしてほとんど満点を取れるの?
家庭教師を頼んでいた……わけじゃないのね」
先生は困惑したように首を傾げました。
「そんな体力があったら、毎日学校に来ています」
「それもそうね……まあ、これなら問題ないでしょう。
疲れているのに悪いんだけど、進路希望調査も書いちゃってくれる?
○○さんはまだ一度も出してないでしょう?」
「はい。……保護者の印鑑はどうしましょうか?」
「本当は判子がないとまずいんだけど、仮に、ってことでいいよ。
用紙をもう1枚渡しておくから、家で判子を押して貰ってきてくれる?
三者懇談の時にでも持ってきてくれたらいいから」
父親や母親に話をしなければならない、と考えただけで憂鬱になりました。
その表情の変化を察したのか、先生が気遣わしげに尋ねてきました。
「……ご両親は今まで懇談に来てくれたことがないんだけど、
大丈夫かな?」
「父と母は仕事が忙しくて来れないかもしれません。
社会人の兄が居るんですけど、兄では駄目ですか?」
「そうね……その方がいいかも。
懇談の日時はなるべく希望通りにするから、お願いね」
担任の先生には家庭の事情を説明していませんでしたけど、
わたしの家庭のことは、職員室で噂になっていたのかもしれません。
「わかりました。
それで、進路なんですけど……一番近い高校はどこですか?」
受験生としては異常ですけど、受験に関心の薄かったわたしは、
近くにどんな高校があるのかも知りませんでした。
「**高校ね。もっと上のランクの高校でも狙えるけど?」
**高校は平均レベルに位置する公立高校でした。
「体力的に遠くまでは通えません」
進路希望調査票に、**高校と記入しました。
「私立を受ける気はないの? 公立単願でも問題ないとは思うけど」
「私立は学費が高いですし、親に負担を掛けたくありません」
「そう……感心ね。もう帰っていいよ」
「失礼しました」
結局その日は、授業を受けずじまいで下校することになりました。
下足箱のところまで行くと、hさんが居ました。
「あれ? ××さん、来てたんデスカ?」
「あ、うん。進路希望調査で呼び出されてて」
成り行き上、この日も帰り道はhさんといっしょでした。
「××さんは、どこを受験するんデスカ?」
「**高校」
「えっ! **に?」
「**だと変?」
「……わたし、そこは無理だって言われマシタ……」
hさんはあまり成績が良くなかったようです。
「わたしも受かるとは思ってない。どうせ浪人するつもりだし」
「受かる見込みがなかったら、最初から受けさせてくれマセンヨゥ……」
進路のことで悩んでいたのか、hさんはしょげかえってしまいました。
わたしはどうフォローしていいのかわからず、分かれ道に辿り着くまで、
なんとも居心地の悪い思いをしました。
帰宅してすぐ、わたしはお兄ちゃんにポケットベルで連絡を取りました。
お兄ちゃんが出て行ってから、話すのは初めてでした。
なにか事件でもあったのかと心配したのでしょう。
程なくして電話がかかってきました。
「○○か? どうした?」
「お兄ちゃん、元気?」
「もちろん元気だ。お前は?」
「なんとか学校に行ってる。
それで……お兄ちゃん忙しいと思うんだけど……
三者懇談に出てくれないかな……って」
「俺が? ……ああ、そうか。親父たちじゃアテにならないわけか」
「お父さんとは、口を利きたくない」
父親に話しかけることを想像しただけで、胸が悪くなりました。
「ん、わかった。いつだ? なんとかして時間作るよ」
わたしは三者懇談よりも、お兄ちゃんに会えるのが楽しみでした。
広告じゃま
2016-04-30 16:39:51 (8年前)
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