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「おごりですから、気にしないでください」
「こんな高いモノ頼んだら余計気にするよ。せめて割り勘にしよう?」
「お詫びですから、そういう訳にはいきません」
「Uに知られたら殴られちゃうよ〜」
「Uには黙っていてあげます。ここは大人しく、おごられてください」
Yさんのうろたえぶりが可笑しくて、わたしはにっこりしました。
程なくして運ばれてきた、2つのチョコレートパフェを前にして、
Yさんは神妙な目つきで、わたしの手元を見つめました。
わたしは長いスプーンを手に取って、尋ねました。
「食べないと、溶けちゃいますよ?」
「そうなんだけど……初めて食べるモンだから、
どんな風に食べたらいいのか見ておこうかな……って」
「じーっと見られてると、食べにくいんですけど……」
「あ、それもそうか」
Yさんはスプーンを握り、ざくざくとパフェに突き刺しました。
「Yさん、デートするのは初めてですか?」
「デ、デート? これって、デートなのかな?」
「客観的には、デートにしか見えないと思います」
「そう……Uの買い物にはよく付き合わされるけどね。
情けないけど、デートするのは初めてだ」
「わたしもです」
「そう? その割には落ち着いてるね」
うろたえている人を目の前にすると、反動で平静になってしまう、
とは言えませんでした。
「お兄さんとだと、緊張しないんです」
「アハハ、そう、ありがと」
パフェを平らげてしまうと、口の中に甘みが残りました。
「美味しかった……」
「美味かった……これからどうしよう? もう少しぶらぶらする?」
「あと1つ……見ておきたい物があります。その前に……」
わたしは席を立って、レジのほうに歩いて行きました。
レジの前のガラスのショーケースに、ケーキが並んでいます。
「ここはアップルパイも美味しいんです」
わたしは会計を済ませ、アップルパイを丸々1個買って、
Yさんに持たせました。
「これはUへのお土産です。みなさんで食べてください」
「至れり尽くせりだけど……なんかこれって立場が逆じゃない?」
「男も女も関係ないと思います」
「う……」
渋るYさんの先に立って、わたしは歩きだしました。
目的地は、ファンシーショップでした。
「○○ちゃん、俺、外で待ってていいかな?」
Yさんは女の子だらけの店内に、気後れしているようでした。
「奥には入りません。
お兄さん、どの色が良いと思います?」
わたしは外側の陳列棚に吊してあった、可愛いキャラクター入りの
リップクリームの列を、指さしました。
Yさんは真剣に考え込んで、答えました。
「そうだなぁ……○○ちゃんは色が白いから、これかな」
「Uだったら、どれが似合うと思います?」
「U? あいつまだ化粧してないと思うけど」
「わたしもめったにしません。Uもこれからは、するようになると思います」
「じゃあ……こっちかな?」
「付いてきてください」
わたしは2本のリップクリームを外して、中のレジに並びました。
「お兄さん、払ってください」
Yさんはあわてて財布を取り出しました。
わたしは店員さんに、リップを別々に包んでもらうように頼みました。
店を出て、Yさんが言いました。
「どういうこと?」
「1本は、初めてのデートの記念品です。
もう1本は、Uへのお土産です。
お兄さんが選んで買ったものだって、渡してください」
「ええっ? 妹にお土産なんて、変じゃない?」
「変じゃない、と思います。わたしのお兄ちゃんは、
よくお土産を買ってきてくれました。嬉しかったですよ。
お兄さんは、Uにプレゼントするのが、嫌ですか?」
「いやまぁ……嫌ってことはないけど、照れるよ」
「我慢してください。それじゃ、デートはそろそろ終わりです」
「え、もう帰るの?」
「たぶん、Uが待ってると思います。
最後に、お兄さんに言っておかないといけないことが、あります」